しあわせ食堂の異世界ご飯
2 特大エビフライ定食
森を抜けたアリアとシャルルは、無事にジェーロ帝国まで辿り着くことができた。
はるか遠くに見える山々の頂にはうっすら白く雪が見えるけれど、街は真夏ということもあり暑い。とはいえ、エストレーラよりは少しだけ涼しい。
「やっと着いた!」
「お疲れ様です、アリア様」
アリアが馬上で伸びをすると、シャルルは笑いながら「王城に行かないとですね」と言う。
「そうね。王城は部屋の手配もしてくれているはずだし、何より先に皇帝陛下に謁見しないと」
「緊張しますね……」
「ええ」
ジェーロ帝国の首都は、国と同じジェーロという名がついている。
ぐるりと外壁に囲まれた街へ入ると、活気こそあるものの露店には品物があまり並んでいない。人々の服装もどこかくたびれているようで、リントの言っていた通り物流がまだ整っていないことがわかる。
とはいえ、大帝国というだけあり首都もエストレーラよりずっと大きい。
馬に乗りながら王城へ続く大通りを進んでいるだけで、様々なものがアリアの目に飛び込んでくるのだ。
その中には、店舗ではなく露店やワゴンの店もあった。それらを楽しそうに見ながら、アリアはどんな料理が作れるのだろうと考える。
「うわっ、シャルル見て! エストレーラにない食材がたくさん売ってる!」
「海老も売っていますか!?」
「ええと……駄目ね、魚介は売ってないみたい。港町に行けば、手に入るかもしれないけど……」
野菜や肉は売っているが、魚は海に面していないと鮮度の面で不安がある。
それを聞いたシャルルはがっかりしているけれど、いつか手に入れる機会があるかもしれない。
そのときは、シャルルのためにお腹いっぱいエビフライを作ってあげよう。
***
ジェーロ帝国の王城は、深い藍色の屋根が綺麗な建物だった。
敷地面積も広く、エストレーラの城がゆうに三つは建てられるのではというほどだ。城門には見張りの兵士が二人いて、入場者を厳しく制限している。
「私が門番に話を通してきますから、アリア様は少し待っていてくださいね」
「うん。お願いね」
ここからは、侍女としての腕の見せ所です! なんてシャルルは意気込んでいるが、礼儀作法を勉強する時間はあまりなかったと言っていた。
「大丈夫かしら……」
門番と話すシャルルの姿を見ながら、アリアはハラハラする。これでは、初めてのお使いを見守っている親の気分だ。
しばらくすると、シャルルはアリアの方を振り返って両手で大きく丸の形を作りオーケーということを伝えてくる。
「ああぁっ、シャルルその行動は駄目よ……」
本人は頑張って門番に話をつけたつもりなのだろうが、侍女がそんなはしたない仕草をしてはいけない。
アリアはため息をつきつつも、シャルルの下へと行く。
「アリア様、行きましょう」
「ええ……」
若干、訝しむような門番の視線がいたいけれど……無事に王城へ入ることはできた。
案内されたゲストルームで、さっそく身支度を整える。
「ねえ、シャルル」
「はい? あ、もしかしてコルセットきついですか?」
「それは大丈夫。じゃなくて、さっきのことなんだけど……侍女が大きな身振り手振りの動作は、しない方がいいわ。シャルルの品位を損ねてしまうもの」
「!」
ドレスに着替えながら、アリアは先ほどのことをシャルルに注意する。
エストレーラであれば問題はないが、ここは何が起こるかわからない帝国だ。小国の姫であるアリアにある権限なんて、たかが知れているのだ。
もし何かあったとき、必ずしもシャルルを助けられるとは限らない。
「申し訳ありません、以後気をつけます」
素直に注意を受けるシャルルに、アリアは「すぐに慣れるわ」とフォローを入れる。
「私――いいえ、わたくしも気を引き締めてかからないと。一緒に頑張りましょう、シャルル」
「……はいっ! アリア様の侍女として恥じることがないよう、頑張ります」
「ええ、期待しているわ」
二人で決意を口にして、皇帝へ謁見するための準備を続ける。
用意したのは、幼い顔立ちのアリアをぐっと大人っぽく見せるためのローウエストシルエットの落ち着いたドレスだ。シャンパンゴールドの生地に白のレースという色合いは、アリアの茜色の髪が映える。
普段下ろしている前髪を上げておでこを出し、長い髪もひとまとめにして髪には小さな花をちらし可愛さを足す。
盛装したアリアの姿を見て、シャルルは満足げに頷いた。
これであとは皇帝に謁見するだけだ。すぐにメイドが呼びに来るだろうと部屋で待っていると、やって来たのは大臣の一人だった。
二人の側近を連れ、口髭が生えている五十代の半ばの男性だ。皺のないスーツを着こなし、厳しい表情をしている。
アリアはすぐに座っていたソファから立ち上がり、淑女の礼で大臣を迎え入れた。
「すまないな、陛下はどうしても時間が取れないということで私が代わりに挨拶をさせていただく」
「いいえ。陛下がお忙しいのは仕方がありません。部屋まで足を運んでいただき、ありがとうございます」
「政務の大臣を務めている、バルク・フォンクナーだ。侯爵の地位をいただいている」
「アリア・エストレーラです。これからどうぞよろしくお願いいたします」
互いに挨拶を終え、部屋に沈黙が流れる。
今後の説明などはないのだろうか? とアリアが思っていると、大臣は少し話があるとソファに座るよう促した。
このまま放置ではないことにほっとして、アリアはソファへ腰かける。
大臣もソファに座り、真剣な面持ちでアリアに視線を向けた。
「……この度は、妃候補としてジェーロへお越しいただき感謝しています」
「エストレーラとしては、リベルト陛下との婚姻を望んでいますから」
硬い表情で告げる大臣に、アリアはとんでもないと微笑む。
けれど、彼の表情が緩むことはない。変わらず厳しいままで、アリアは緊張から手に汗がにじむ。
「率直に申し上げます」
「……はい」
「リベルト陛下は、妃を望んでいません」
「え?」
大臣の言葉を聞き、アリアが思わず声をあげてしまったのは仕方がないだろう。自分で妃を募っておいて、今更望んでいないと言われても困ってしまう。
こちとら、一ヶ月も馬に乗って遠い道のりをやって来たのだ。
アリアは叫びたい気持ちをぐっと堪え、冷静に問いかける。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか……? もしや、陛下にはもうお心に決めた方がいらっしゃるのでしょうか?」
もしそうであれば、アリアはこのままエストレーラに帰ればいいだけだ。
けれど大臣は、そうではないと首を振る。
「妃を望んでいるのは臣下であって、陛下ではない。女性を集めれば陛下も興味を持ってくれるかと思ったが、そうはならなかった」
「…………」
思わず開いた口がふさがらないとは、このことだろうか。
アリアはゆっくり深呼吸をして、なるほどと心の中で呟く。
現在、この王城には近隣の王族と貴族の姫が十人ほど妃候補としてやってきたのだという。そのうち三人は事情を聞き国へ帰ったが、七人は妃になる望みを捨てず城に滞在したままらしい。
――とはいえ、直接的に帰れとも言えないから選ばせているわけか。
妃候補を集めたのは帝国側なので、帰らない場合の衣食住などはすべて面倒を見てくれるという。ただし、皇帝が目を向けるかどうかは別だ。
本当にこのまま妃を望まず現状維持か、どこかで見初められるか、それはまだ誰にもわからない。
アリアは自分がどうしたいのか考えるが、エストレーラに何の連絡もせずこのまま帰ることはできないだろう。まずは早馬を使って手紙を出し、国王である父親へ相談する必要がある。
「わたしくしは、しばらく滞在してどうするか考えたいと思います」
「アリア様はエストレーラの出身ですからね、答えがでるのにも多少は時間がかかるでしょう。何か不便があれば、遠慮なく言いつけてください」
「ありがとうございます。……では、一つ我儘を言ってもいいでしょうか?」
「はい?」
アリアは優雅に微笑んで、大臣へのお願いを口にした。
はるか遠くに見える山々の頂にはうっすら白く雪が見えるけれど、街は真夏ということもあり暑い。とはいえ、エストレーラよりは少しだけ涼しい。
「やっと着いた!」
「お疲れ様です、アリア様」
アリアが馬上で伸びをすると、シャルルは笑いながら「王城に行かないとですね」と言う。
「そうね。王城は部屋の手配もしてくれているはずだし、何より先に皇帝陛下に謁見しないと」
「緊張しますね……」
「ええ」
ジェーロ帝国の首都は、国と同じジェーロという名がついている。
ぐるりと外壁に囲まれた街へ入ると、活気こそあるものの露店には品物があまり並んでいない。人々の服装もどこかくたびれているようで、リントの言っていた通り物流がまだ整っていないことがわかる。
とはいえ、大帝国というだけあり首都もエストレーラよりずっと大きい。
馬に乗りながら王城へ続く大通りを進んでいるだけで、様々なものがアリアの目に飛び込んでくるのだ。
その中には、店舗ではなく露店やワゴンの店もあった。それらを楽しそうに見ながら、アリアはどんな料理が作れるのだろうと考える。
「うわっ、シャルル見て! エストレーラにない食材がたくさん売ってる!」
「海老も売っていますか!?」
「ええと……駄目ね、魚介は売ってないみたい。港町に行けば、手に入るかもしれないけど……」
野菜や肉は売っているが、魚は海に面していないと鮮度の面で不安がある。
それを聞いたシャルルはがっかりしているけれど、いつか手に入れる機会があるかもしれない。
そのときは、シャルルのためにお腹いっぱいエビフライを作ってあげよう。
***
ジェーロ帝国の王城は、深い藍色の屋根が綺麗な建物だった。
敷地面積も広く、エストレーラの城がゆうに三つは建てられるのではというほどだ。城門には見張りの兵士が二人いて、入場者を厳しく制限している。
「私が門番に話を通してきますから、アリア様は少し待っていてくださいね」
「うん。お願いね」
ここからは、侍女としての腕の見せ所です! なんてシャルルは意気込んでいるが、礼儀作法を勉強する時間はあまりなかったと言っていた。
「大丈夫かしら……」
門番と話すシャルルの姿を見ながら、アリアはハラハラする。これでは、初めてのお使いを見守っている親の気分だ。
しばらくすると、シャルルはアリアの方を振り返って両手で大きく丸の形を作りオーケーということを伝えてくる。
「ああぁっ、シャルルその行動は駄目よ……」
本人は頑張って門番に話をつけたつもりなのだろうが、侍女がそんなはしたない仕草をしてはいけない。
アリアはため息をつきつつも、シャルルの下へと行く。
「アリア様、行きましょう」
「ええ……」
若干、訝しむような門番の視線がいたいけれど……無事に王城へ入ることはできた。
案内されたゲストルームで、さっそく身支度を整える。
「ねえ、シャルル」
「はい? あ、もしかしてコルセットきついですか?」
「それは大丈夫。じゃなくて、さっきのことなんだけど……侍女が大きな身振り手振りの動作は、しない方がいいわ。シャルルの品位を損ねてしまうもの」
「!」
ドレスに着替えながら、アリアは先ほどのことをシャルルに注意する。
エストレーラであれば問題はないが、ここは何が起こるかわからない帝国だ。小国の姫であるアリアにある権限なんて、たかが知れているのだ。
もし何かあったとき、必ずしもシャルルを助けられるとは限らない。
「申し訳ありません、以後気をつけます」
素直に注意を受けるシャルルに、アリアは「すぐに慣れるわ」とフォローを入れる。
「私――いいえ、わたくしも気を引き締めてかからないと。一緒に頑張りましょう、シャルル」
「……はいっ! アリア様の侍女として恥じることがないよう、頑張ります」
「ええ、期待しているわ」
二人で決意を口にして、皇帝へ謁見するための準備を続ける。
用意したのは、幼い顔立ちのアリアをぐっと大人っぽく見せるためのローウエストシルエットの落ち着いたドレスだ。シャンパンゴールドの生地に白のレースという色合いは、アリアの茜色の髪が映える。
普段下ろしている前髪を上げておでこを出し、長い髪もひとまとめにして髪には小さな花をちらし可愛さを足す。
盛装したアリアの姿を見て、シャルルは満足げに頷いた。
これであとは皇帝に謁見するだけだ。すぐにメイドが呼びに来るだろうと部屋で待っていると、やって来たのは大臣の一人だった。
二人の側近を連れ、口髭が生えている五十代の半ばの男性だ。皺のないスーツを着こなし、厳しい表情をしている。
アリアはすぐに座っていたソファから立ち上がり、淑女の礼で大臣を迎え入れた。
「すまないな、陛下はどうしても時間が取れないということで私が代わりに挨拶をさせていただく」
「いいえ。陛下がお忙しいのは仕方がありません。部屋まで足を運んでいただき、ありがとうございます」
「政務の大臣を務めている、バルク・フォンクナーだ。侯爵の地位をいただいている」
「アリア・エストレーラです。これからどうぞよろしくお願いいたします」
互いに挨拶を終え、部屋に沈黙が流れる。
今後の説明などはないのだろうか? とアリアが思っていると、大臣は少し話があるとソファに座るよう促した。
このまま放置ではないことにほっとして、アリアはソファへ腰かける。
大臣もソファに座り、真剣な面持ちでアリアに視線を向けた。
「……この度は、妃候補としてジェーロへお越しいただき感謝しています」
「エストレーラとしては、リベルト陛下との婚姻を望んでいますから」
硬い表情で告げる大臣に、アリアはとんでもないと微笑む。
けれど、彼の表情が緩むことはない。変わらず厳しいままで、アリアは緊張から手に汗がにじむ。
「率直に申し上げます」
「……はい」
「リベルト陛下は、妃を望んでいません」
「え?」
大臣の言葉を聞き、アリアが思わず声をあげてしまったのは仕方がないだろう。自分で妃を募っておいて、今更望んでいないと言われても困ってしまう。
こちとら、一ヶ月も馬に乗って遠い道のりをやって来たのだ。
アリアは叫びたい気持ちをぐっと堪え、冷静に問いかける。
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか……? もしや、陛下にはもうお心に決めた方がいらっしゃるのでしょうか?」
もしそうであれば、アリアはこのままエストレーラに帰ればいいだけだ。
けれど大臣は、そうではないと首を振る。
「妃を望んでいるのは臣下であって、陛下ではない。女性を集めれば陛下も興味を持ってくれるかと思ったが、そうはならなかった」
「…………」
思わず開いた口がふさがらないとは、このことだろうか。
アリアはゆっくり深呼吸をして、なるほどと心の中で呟く。
現在、この王城には近隣の王族と貴族の姫が十人ほど妃候補としてやってきたのだという。そのうち三人は事情を聞き国へ帰ったが、七人は妃になる望みを捨てず城に滞在したままらしい。
――とはいえ、直接的に帰れとも言えないから選ばせているわけか。
妃候補を集めたのは帝国側なので、帰らない場合の衣食住などはすべて面倒を見てくれるという。ただし、皇帝が目を向けるかどうかは別だ。
本当にこのまま妃を望まず現状維持か、どこかで見初められるか、それはまだ誰にもわからない。
アリアは自分がどうしたいのか考えるが、エストレーラに何の連絡もせずこのまま帰ることはできないだろう。まずは早馬を使って手紙を出し、国王である父親へ相談する必要がある。
「わたしくしは、しばらく滞在してどうするか考えたいと思います」
「アリア様はエストレーラの出身ですからね、答えがでるのにも多少は時間がかかるでしょう。何か不便があれば、遠慮なく言いつけてください」
「ありがとうございます。……では、一つ我儘を言ってもいいでしょうか?」
「はい?」
アリアは優雅に微笑んで、大臣へのお願いを口にした。