しあわせ食堂の異世界ご飯
「あれ？ さっきの侍女さんじゃねえか。どうしたんだ？」
アリアとシャルルが王城から出て街を歩いていると、先ほど門番をしていた兵士に声をかけられた。
私服に着替えているところを見ると、どうやら勤務時間が終わったその帰りのようだ。どうやら彼は、シャルルが侍女にしては行動が大胆だったためよく覚えていて声をかけてくれたらしい。
「ええと……」
「？」
「しばらくの間、街で暮らすことにしたんです」
「えっ？」
シャルルの答えを聞き、門番はとても驚く。
それもそうだろう、シャルルには仕えるアリアという主人がいるのだ。
門番はアリアがエストレーラの第二王女だということを知っているし、とてもじゃないが街で暮らす身分の人間ではない。
困惑しながらも、門番は心配そうに口を開く。
「もしかして、城内で何かして追い出されるようなことがあったのか？」
「いえ、そういうわけではないです。私たちはエストレーラから来たので、ここの王城は少し息が詰まるといいますか……それで、街で生活できるようお願いしたんです」
「そ、そうか……」
シャルルの言葉に頷くも、王城で暮らした方が楽でいいじゃないかと門番は思う。
二人の話を横で聞いていたアリアは、ちょうどいいと思い口を開く。
「ねえ、門番さん」
「は……？ え、あ、姫様!? は、はいっ、何でしょうか！」
「ああ、そんなに畏まらないでちょうだい。それにここは街中、騒ぎになるといけないので姫とは呼ばないでほしいの」
「は、はい……っ」
アリアから突然声をかけられて、門番は慌てて姿勢を正す。
シャルルしか目に入っていなかったが、街で暮らすために王城を出たなら一緒に王女がいてもおかしくはない。
一気に緊張してしまった門番に苦笑しながらも、アリアは口を開き目的の情報を尋ねる。
「この辺で、大きな市場のようなところはないかしら？」
「い、市場ですか？ 食材が売っている？」
「ええ、そうよ」
先ほどシャルルが門番に告げたように、アリアは王城を出て街で暮らしたい旨を大臣に申し出たのだ。
ひどく驚かれ、街では何かあると危ないからと引き留められるも……何度かお願いをしたらどうにか許可が下りた。
滞在費などは負担してくれるというので、宿代などはちゃんと用意してもらえる手はずにもなっているし、家を借りてもいいという許可も得ている。
というわけで、アリアはジェーロで料理をするための環境を手に入れることができそうなのだ。
であれば、食材の宝庫である市場を見に行かないわけにはいかない。
「市場なら、西の広場でやっています。今のジェーロで、品物が一番あると思います」
「そうなのね、ありがとう。シャルル、すぐに行ってみましょう」
「はい、アリア様！ ご丁寧にありがとうございます、門番さん」
「あ、ああ……」
情報を聞いたアリアは、門番にお礼を伝える。そしてすぐ市場へ行こうとシャルルに声をかけ、西にある広場方面の道へ足を向ける。
「アリア様、海老が売っているといいですね」
「そうね、賑やかな市場なら売っているかもしれないわね」
話ながら楽しそうに歩いて行く二人を、門番はぽかんと口を開けて見送ることしかできない。そして小さな声で、「俺の知ってる姫っていう人種じゃない……」と呟くのだった。
＊＊＊
アリアとシャルルが市場へやって来ると、そこはとても賑わっていた。門番が言っていた通り、売っている品物の数も街中の店よりずっと多い。
青空の下で開かれているここは、各自でスペースを設け商売をしている。
地面にゴザを敷いて商品を並べている人もいれば、机に並べている人、食べ歩ける串焼きを販売している店なと……様々だ。
「いいね、わくわくしちゃうねシャルル！」
「もう、それはアリア様だからですよ！ 私は食材を見ても、そんなにわくわくしないですもん」
料理なら別ですけどと、シャルルは笑う。
アリアはそれを残念に思いつつも、作るアリアと食べるシャルルに分担すればいいやと軽く考える。
「でも、先に宿の手配をしなくていいんですか？」
「した方がいいのはわかってるんだけど、市場が気になって気になって」
「アリア様ってば……」
シャルルがぱっと手配に行けたらいいのだけれど、護衛も兼ねているのでアリアから離れることはできない。
高級宿なら部屋がすべて埋まることはないだろうと考え、市場を優先しているのだ。
「宿での生活かぁ……」
「嫌ですか？」
「うぅん、そうじゃない。なんていうか、働いた方がいいんじゃないかなと思って」
「アリア様がですか？」
「そう」
王女だというのに、なぜ？ と、シャルルは首を傾げる。
ジェーロ帝国にいること自体が今は仕事のようなものだけれど、アリアとしては体を動かしていたいのだと考えているのだ。
このまま好きに生きていたら、きっとだらけてしまうだろう。
――どうせなら、前世みたいに料理に関わる仕事がいいなぁ。
定食屋でも、お洒落なカフェでもいい。
さすがに自分の店を持つほどの余裕はないけれど、短期で雇ってもらえるところを見つけたいのだ。
「シャルルは反対する？」
「うぅんー……」
アリアが外出し好きに行動するということは、シャルルの仕事が増えてしまうことに繋がってくる。
駄目だと言われたらどうしよう。そう思っていたが、どうやらそれは杞憂だった。
「アリア様のしたいことをすればいいと思います！ 私も、それをお手伝いしますし」
「本当？ ありがとう、シャルル」
今後の方針がすっきりまとまり、アリアはほっとする。
しばらくは宿に泊まり、料理関係の仕事に就いて過ごす。
その間に、エストレーラと手紙のやり取りをして帰国するか続行してジェーロへ滞在するかを決めればいい。
しばらく忙しくなりそうだ。なんてアリアが思っていると、目の前で「きゃあっ」と悲鳴に近い声があがった。
「えっ!?」
声の発信源は、前を歩いていた恰幅のいい女性だった。
地面に落ちている石につまずき、転んでしまったらしい。持っていた袋からは買ったと思われる食材が落ち、辺りに散らばってしまっている。
アリアはすぐ女性に手を伸ばして、声をかけた。
「大丈夫ですか？」
「あいたたたた……ありがとう、助かるよ」
女性はアリアの手を取って立ち上がると、苦笑しながら礼を述べる。
すぐ横でシャルルが落ちた野菜や果物を拾い、紙袋へ入れて女性へと差し出す。
「これ、落ちた食材です」
「拾ってくれたのかい？ ありがとう、お嬢ちゃん」
「いえいえ」
紙袋を受け取って、女性が中身を確認して少し動き――すぐに表情を歪めた。
「痛っ！」
「どうしました？」
ふらついた女性を急いでシャルルが支え、アリアも背中に手を添える。
女性は足を見て、「あちゃぁ」と苦笑した。
「どうやら、足をくじいちゃったみたいだ」
アリアも女性の足を見ると、ロングスカートから少し覗いた左足首が少し赤く腫れていて痛そうだ。
「ああ、それは大変です。すぐに冷やした方がいいですね」
「そうだね。……悪いんだけど、うちがすぐそこなんだ。肩を貸してはもらえないかい？ 一人で歩くのは、ちょっときつくてね」
「もちろん、構いませんよ」
シャルルが女性の肩を支え、アリアは荷物の入った紙袋を持ち女性の家へと向かった。
アリアとシャルルが王城から出て街を歩いていると、先ほど門番をしていた兵士に声をかけられた。
私服に着替えているところを見ると、どうやら勤務時間が終わったその帰りのようだ。どうやら彼は、シャルルが侍女にしては行動が大胆だったためよく覚えていて声をかけてくれたらしい。
「ええと……」
「？」
「しばらくの間、街で暮らすことにしたんです」
「えっ？」
シャルルの答えを聞き、門番はとても驚く。
それもそうだろう、シャルルには仕えるアリアという主人がいるのだ。
門番はアリアがエストレーラの第二王女だということを知っているし、とてもじゃないが街で暮らす身分の人間ではない。
困惑しながらも、門番は心配そうに口を開く。
「もしかして、城内で何かして追い出されるようなことがあったのか？」
「いえ、そういうわけではないです。私たちはエストレーラから来たので、ここの王城は少し息が詰まるといいますか……それで、街で生活できるようお願いしたんです」
「そ、そうか……」
シャルルの言葉に頷くも、王城で暮らした方が楽でいいじゃないかと門番は思う。
二人の話を横で聞いていたアリアは、ちょうどいいと思い口を開く。
「ねえ、門番さん」
「は……？ え、あ、姫様!? は、はいっ、何でしょうか！」
「ああ、そんなに畏まらないでちょうだい。それにここは街中、騒ぎになるといけないので姫とは呼ばないでほしいの」
「は、はい……っ」
アリアから突然声をかけられて、門番は慌てて姿勢を正す。
シャルルしか目に入っていなかったが、街で暮らすために王城を出たなら一緒に王女がいてもおかしくはない。
一気に緊張してしまった門番に苦笑しながらも、アリアは口を開き目的の情報を尋ねる。
「この辺で、大きな市場のようなところはないかしら？」
「い、市場ですか？ 食材が売っている？」
「ええ、そうよ」
先ほどシャルルが門番に告げたように、アリアは王城を出て街で暮らしたい旨を大臣に申し出たのだ。
ひどく驚かれ、街では何かあると危ないからと引き留められるも……何度かお願いをしたらどうにか許可が下りた。
滞在費などは負担してくれるというので、宿代などはちゃんと用意してもらえる手はずにもなっているし、家を借りてもいいという許可も得ている。
というわけで、アリアはジェーロで料理をするための環境を手に入れることができそうなのだ。
であれば、食材の宝庫である市場を見に行かないわけにはいかない。
「市場なら、西の広場でやっています。今のジェーロで、品物が一番あると思います」
「そうなのね、ありがとう。シャルル、すぐに行ってみましょう」
「はい、アリア様！ ご丁寧にありがとうございます、門番さん」
「あ、ああ……」
情報を聞いたアリアは、門番にお礼を伝える。そしてすぐ市場へ行こうとシャルルに声をかけ、西にある広場方面の道へ足を向ける。
「アリア様、海老が売っているといいですね」
「そうね、賑やかな市場なら売っているかもしれないわね」
話ながら楽しそうに歩いて行く二人を、門番はぽかんと口を開けて見送ることしかできない。そして小さな声で、「俺の知ってる姫っていう人種じゃない……」と呟くのだった。
＊＊＊
アリアとシャルルが市場へやって来ると、そこはとても賑わっていた。門番が言っていた通り、売っている品物の数も街中の店よりずっと多い。
青空の下で開かれているここは、各自でスペースを設け商売をしている。
地面にゴザを敷いて商品を並べている人もいれば、机に並べている人、食べ歩ける串焼きを販売している店なと……様々だ。
「いいね、わくわくしちゃうねシャルル！」
「もう、それはアリア様だからですよ！ 私は食材を見ても、そんなにわくわくしないですもん」
料理なら別ですけどと、シャルルは笑う。
アリアはそれを残念に思いつつも、作るアリアと食べるシャルルに分担すればいいやと軽く考える。
「でも、先に宿の手配をしなくていいんですか？」
「した方がいいのはわかってるんだけど、市場が気になって気になって」
「アリア様ってば……」
シャルルがぱっと手配に行けたらいいのだけれど、護衛も兼ねているのでアリアから離れることはできない。
高級宿なら部屋がすべて埋まることはないだろうと考え、市場を優先しているのだ。
「宿での生活かぁ……」
「嫌ですか？」
「うぅん、そうじゃない。なんていうか、働いた方がいいんじゃないかなと思って」
「アリア様がですか？」
「そう」
王女だというのに、なぜ？ と、シャルルは首を傾げる。
ジェーロ帝国にいること自体が今は仕事のようなものだけれど、アリアとしては体を動かしていたいのだと考えているのだ。
このまま好きに生きていたら、きっとだらけてしまうだろう。
――どうせなら、前世みたいに料理に関わる仕事がいいなぁ。
定食屋でも、お洒落なカフェでもいい。
さすがに自分の店を持つほどの余裕はないけれど、短期で雇ってもらえるところを見つけたいのだ。
「シャルルは反対する？」
「うぅんー……」
アリアが外出し好きに行動するということは、シャルルの仕事が増えてしまうことに繋がってくる。
駄目だと言われたらどうしよう。そう思っていたが、どうやらそれは杞憂だった。
「アリア様のしたいことをすればいいと思います！ 私も、それをお手伝いしますし」
「本当？ ありがとう、シャルル」
今後の方針がすっきりまとまり、アリアはほっとする。
しばらくは宿に泊まり、料理関係の仕事に就いて過ごす。
その間に、エストレーラと手紙のやり取りをして帰国するか続行してジェーロへ滞在するかを決めればいい。
しばらく忙しくなりそうだ。なんてアリアが思っていると、目の前で「きゃあっ」と悲鳴に近い声があがった。
「えっ!?」
声の発信源は、前を歩いていた恰幅のいい女性だった。
地面に落ちている石につまずき、転んでしまったらしい。持っていた袋からは買ったと思われる食材が落ち、辺りに散らばってしまっている。
アリアはすぐ女性に手を伸ばして、声をかけた。
「大丈夫ですか？」
「あいたたたた……ありがとう、助かるよ」
女性はアリアの手を取って立ち上がると、苦笑しながら礼を述べる。
すぐ横でシャルルが落ちた野菜や果物を拾い、紙袋へ入れて女性へと差し出す。
「これ、落ちた食材です」
「拾ってくれたのかい？ ありがとう、お嬢ちゃん」
「いえいえ」
紙袋を受け取って、女性が中身を確認して少し動き――すぐに表情を歪めた。
「痛っ！」
「どうしました？」
ふらついた女性を急いでシャルルが支え、アリアも背中に手を添える。
女性は足を見て、「あちゃぁ」と苦笑した。
「どうやら、足をくじいちゃったみたいだ」
アリアも女性の足を見ると、ロングスカートから少し覗いた左足首が少し赤く腫れていて痛そうだ。
「ああ、それは大変です。すぐに冷やした方がいいですね」
「そうだね。……悪いんだけど、うちがすぐそこなんだ。肩を貸してはもらえないかい？ 一人で歩くのは、ちょっときつくてね」
「もちろん、構いませんよ」
シャルルが女性の肩を支え、アリアは荷物の入った紙袋を持ち女性の家へと向かった。
