しあわせ食堂の異世界ご飯
アリアはキッチンへ行き、まずは何があるのかとスペースを見回す。
「広さは十分! 窯は少し汚れているけど、お店を閉めちゃうなんてやっぱり勿体ない……!」
十畳ほどの面積があり、釜のスペースは三つある。けれど、普段から使用しているのは一つの用で、残りの二つは少し汚れが目立つ。
その横は水回りになっていて、調理台として使える大きな机がある。
棚には調味料が並び、籠の中には野菜がぎっしり。外に出る勝手口がついており、どうやら裏に小さな畑があり育てているようだ。
「まずは窯の準備っと」
この世界では、日本のように便利なガスや電気は存在しない。
その代わりにあるのが、魔法だ。
とはいえ、誰もが魔力を持っているわけではない。適性があっても幼少期から練習をしなければいけないため、扱えるようになるまで大変な道のりがあるのだ。
アリアも魔法に憧れ練習したことがあったけれど、どうにも適性がなかったらしくあきらめた。
「まあ、そんな魔法音痴に心強いのがこれだよね」
窯に付いているのは、魔法具だ。
魔法の力が付与されていて、この世界ではガスや電気の代わりになっている。とはいえお値段はそこそこするので、あまり贅沢遣いをすることはできない。
このしあわせ食堂のような飲食店、もしくは王侯貴族であれば別だが、庶民は井戸で水を汲み、薪で火を起こすことも珍しくはない。
「まずは海老を水で洗って、背ワタを取る」
それが終わったら、海老が反らないように腹の部分に数か所切れ目を入れる。卵を溶き、そこにはほんの少し小麦粉をいれておく。
「パン粉はっと……あ、このパンもらっていいかな?」
棚に置いてあった黒パンを手に取り、包丁を使って細かく切っていく。固いので、パン粉の代わりに使ってもおそらく問題はないだろう。
そのまま手際よく準備を終わらせ、釜に油を入れた鍋を置く。
「よっし、揚げちゃおう」
パン粉をつけた海老を投入すると、じゅわあっと揚げたとき特有の音が店内に響く。
すぐ「何の音だい!?」とエマの声がして、アリアは思わず笑う。
「できあがるまで、待っていてください」
この世界には、揚げ物という調理方法がないのだ。
料理は、焼きや煮込みがほとんど。たまに蒸したりする地域もあるが、アリアも今まで揚げる料理というのは聞いたことがない。
――きっとエマさんも驚いてくれるはず。
そして美味しいと言ってもらえたら、とっても嬉しいのだ。
アリアはにやけそうになる表情をどうにかしながら、料理を続けた。
***
「ようし、レモンを添えてできあがりっと!」
本日のメニュー、『特大エビフライ定食』の完成だ。
アリアは、さっそくできあがった料理を持ってシャルルとエマの下へ行く。
手に持つトレイには、大きなエビフライが一本とキャベツの千切り。ほうれん草のおひたし、ポテトサラダの入った小鉢。それから大根のお味噌汁に、ほかほかのご飯が載っている。
「こりゃあ美味しそうだね。さっそくいただこうか」
「はい」
三人で「いただきます」をすると、シャルルがまっさきに大きなエビフライにぱくりとかぶりつく。
シャルルはぎゅうっと目をつぶり、その美味しさを噛みしめている。エマは初めて見るフライ料理に、何度か目を瞬かせた。
けれどシャルルが食べるのを見て、自分もと手を伸ばす。
添えてあるレモンを、湯気の立つエビフライへかける。フォークで指すと、ぷつっと弾力のある音がエマの耳へ届く。
それが海老であるということはわかるのだが、こんがりキツネ色になっている周りの衣の正体が、エマにはわからなかった。
おそるおそる口元へ運び、齧る。
すると、さきほどフォークで刺したときと同じような弾力が口内を襲う。中にある海老は熱々で、思わず「はふっ」と吐息がもれる。
落ち着いたところで海老を噛むと、ざくっという衣の音とともに、ぷりぷりの海老を堪能する。
エマはすぐにまるっと一本のエビフライを尻尾まで食べて、息をつく。
「はぁ……なんだい、こりゃ。外側はサクっとしているのに、中に入っている海老はぷりぷりだ。噛み応えがすごくて、海老の弾力に押し負けちまいそうだったよ……」
頬に手を当てていないと、とろけて落ちてしまいそうだ。
「にしても、これは何だったんだい?」
さらに残った衣部分を指さして、エマはアリアに問う。
「それは、棚に置いてあったパンを使わせてもらったんです」
「パン? これが!?」
油で揚げたという説明をすると、エマはさらに驚いた。
「今まで油で揚げようなんて、考えたこともなかったよ。この揚げ物という料理だって、初めてだ。アリアちゃんは、どこの出身なんだい?」
「あはは……」
日本です、とは言えない。かといって、エストレーラの料理でもない。
――でもまあ、いっか。
アリアが揚げ物料理をしていたため、エストレーラの王城にいる料理長は揚げ物を作ることができるようになっている。
なので、エストレーラの料理と告げても大きく間違っているわけではないだろう。
「エストレーラです」
「そうかい。料理の美味しい、いい国なんだろうねぇ」
「ええ、とっても」
アリアは、エマに料理に驚き美味しいと言ってもらえたことに満足して笑う。
「ふふ、気に入ってもらえてよかったです」
「これで料理人じゃないなんて、もったいないねぇ。アリアちゃんは、なんの仕事をしてるんだい?」
「え?」
――王女です。
なんて、さすがに言えない。
かといって、無職だと言うのも嫌だ。
「……今は、エストレーラからシャルルと二人でこっちへ来たばかりなんです。しばらく宿に泊まって、仕事を探そうかなと思って」
――嘘は言ってないし、いいよね。
よく考えず嘘を重ねていくと、後々大惨事になり収集がつかなくなってしまうかもしれない。ちょうどいい感じにはぐらかし、アリアは堂々と答えた。
「そうなのかい? なら、うちの料理人はどうだい? 希望があれば、部屋も余っているから住み込みでもいいよ――なんて」
「やります!!」
エマがどうだろうと提案した言葉を聞き、アリアはすぐに満面の笑みで手を挙げた。
「そんな簡単に決めていいのかい? アリアちゃんほどの腕前なら、もっといい条件で雇ってくれるところだってあるはずだよ」
「いえ、私は人との縁を大切にしたいんです。今日、こうやってエマさんと出会うことができたのも、きっと一つの縁だと私は思ってますから」
「そうかい? でも、シャルルちゃんはそれでいいのかい?」
ぺろりとご飯まで平らげたシャルルを見て、エマが問う。
「もちろん、構いませんよ。私はアリア様が行くところについて行くだけですから」
「アリア、様?」
「わっと、いえいえ、アリアの行く場所は私の行く場所ですからね!」
「……そうかい
いつものように様を付けて呼んだシャルルは、エマに怪訝な表情をされて慌てて訂正する。
街で暮らすのであれば、アリアが他国の王女であることはばらさないほうがいい。しかも、冷酷だといわれている皇帝の妃候補として来ているのだからなおさらだ。
もし反乱を起こそうとした人がいた場合、街にいるアリアは格好の的になってしまうだろう。
攫われたなんてことになったら、笑い事では済まないし、国際問題に発展してしまう可能性だって高い。
「まあ、いいか。部屋は二階の奥の二部屋が余ってるから、好きに使っていいよ」
「ありがとうございます」
こうしてアリアは、【しあわせ食堂】で働くことになった。
「広さは十分! 窯は少し汚れているけど、お店を閉めちゃうなんてやっぱり勿体ない……!」
十畳ほどの面積があり、釜のスペースは三つある。けれど、普段から使用しているのは一つの用で、残りの二つは少し汚れが目立つ。
その横は水回りになっていて、調理台として使える大きな机がある。
棚には調味料が並び、籠の中には野菜がぎっしり。外に出る勝手口がついており、どうやら裏に小さな畑があり育てているようだ。
「まずは窯の準備っと」
この世界では、日本のように便利なガスや電気は存在しない。
その代わりにあるのが、魔法だ。
とはいえ、誰もが魔力を持っているわけではない。適性があっても幼少期から練習をしなければいけないため、扱えるようになるまで大変な道のりがあるのだ。
アリアも魔法に憧れ練習したことがあったけれど、どうにも適性がなかったらしくあきらめた。
「まあ、そんな魔法音痴に心強いのがこれだよね」
窯に付いているのは、魔法具だ。
魔法の力が付与されていて、この世界ではガスや電気の代わりになっている。とはいえお値段はそこそこするので、あまり贅沢遣いをすることはできない。
このしあわせ食堂のような飲食店、もしくは王侯貴族であれば別だが、庶民は井戸で水を汲み、薪で火を起こすことも珍しくはない。
「まずは海老を水で洗って、背ワタを取る」
それが終わったら、海老が反らないように腹の部分に数か所切れ目を入れる。卵を溶き、そこにはほんの少し小麦粉をいれておく。
「パン粉はっと……あ、このパンもらっていいかな?」
棚に置いてあった黒パンを手に取り、包丁を使って細かく切っていく。固いので、パン粉の代わりに使ってもおそらく問題はないだろう。
そのまま手際よく準備を終わらせ、釜に油を入れた鍋を置く。
「よっし、揚げちゃおう」
パン粉をつけた海老を投入すると、じゅわあっと揚げたとき特有の音が店内に響く。
すぐ「何の音だい!?」とエマの声がして、アリアは思わず笑う。
「できあがるまで、待っていてください」
この世界には、揚げ物という調理方法がないのだ。
料理は、焼きや煮込みがほとんど。たまに蒸したりする地域もあるが、アリアも今まで揚げる料理というのは聞いたことがない。
――きっとエマさんも驚いてくれるはず。
そして美味しいと言ってもらえたら、とっても嬉しいのだ。
アリアはにやけそうになる表情をどうにかしながら、料理を続けた。
***
「ようし、レモンを添えてできあがりっと!」
本日のメニュー、『特大エビフライ定食』の完成だ。
アリアは、さっそくできあがった料理を持ってシャルルとエマの下へ行く。
手に持つトレイには、大きなエビフライが一本とキャベツの千切り。ほうれん草のおひたし、ポテトサラダの入った小鉢。それから大根のお味噌汁に、ほかほかのご飯が載っている。
「こりゃあ美味しそうだね。さっそくいただこうか」
「はい」
三人で「いただきます」をすると、シャルルがまっさきに大きなエビフライにぱくりとかぶりつく。
シャルルはぎゅうっと目をつぶり、その美味しさを噛みしめている。エマは初めて見るフライ料理に、何度か目を瞬かせた。
けれどシャルルが食べるのを見て、自分もと手を伸ばす。
添えてあるレモンを、湯気の立つエビフライへかける。フォークで指すと、ぷつっと弾力のある音がエマの耳へ届く。
それが海老であるということはわかるのだが、こんがりキツネ色になっている周りの衣の正体が、エマにはわからなかった。
おそるおそる口元へ運び、齧る。
すると、さきほどフォークで刺したときと同じような弾力が口内を襲う。中にある海老は熱々で、思わず「はふっ」と吐息がもれる。
落ち着いたところで海老を噛むと、ざくっという衣の音とともに、ぷりぷりの海老を堪能する。
エマはすぐにまるっと一本のエビフライを尻尾まで食べて、息をつく。
「はぁ……なんだい、こりゃ。外側はサクっとしているのに、中に入っている海老はぷりぷりだ。噛み応えがすごくて、海老の弾力に押し負けちまいそうだったよ……」
頬に手を当てていないと、とろけて落ちてしまいそうだ。
「にしても、これは何だったんだい?」
さらに残った衣部分を指さして、エマはアリアに問う。
「それは、棚に置いてあったパンを使わせてもらったんです」
「パン? これが!?」
油で揚げたという説明をすると、エマはさらに驚いた。
「今まで油で揚げようなんて、考えたこともなかったよ。この揚げ物という料理だって、初めてだ。アリアちゃんは、どこの出身なんだい?」
「あはは……」
日本です、とは言えない。かといって、エストレーラの料理でもない。
――でもまあ、いっか。
アリアが揚げ物料理をしていたため、エストレーラの王城にいる料理長は揚げ物を作ることができるようになっている。
なので、エストレーラの料理と告げても大きく間違っているわけではないだろう。
「エストレーラです」
「そうかい。料理の美味しい、いい国なんだろうねぇ」
「ええ、とっても」
アリアは、エマに料理に驚き美味しいと言ってもらえたことに満足して笑う。
「ふふ、気に入ってもらえてよかったです」
「これで料理人じゃないなんて、もったいないねぇ。アリアちゃんは、なんの仕事をしてるんだい?」
「え?」
――王女です。
なんて、さすがに言えない。
かといって、無職だと言うのも嫌だ。
「……今は、エストレーラからシャルルと二人でこっちへ来たばかりなんです。しばらく宿に泊まって、仕事を探そうかなと思って」
――嘘は言ってないし、いいよね。
よく考えず嘘を重ねていくと、後々大惨事になり収集がつかなくなってしまうかもしれない。ちょうどいい感じにはぐらかし、アリアは堂々と答えた。
「そうなのかい? なら、うちの料理人はどうだい? 希望があれば、部屋も余っているから住み込みでもいいよ――なんて」
「やります!!」
エマがどうだろうと提案した言葉を聞き、アリアはすぐに満面の笑みで手を挙げた。
「そんな簡単に決めていいのかい? アリアちゃんほどの腕前なら、もっといい条件で雇ってくれるところだってあるはずだよ」
「いえ、私は人との縁を大切にしたいんです。今日、こうやってエマさんと出会うことができたのも、きっと一つの縁だと私は思ってますから」
「そうかい? でも、シャルルちゃんはそれでいいのかい?」
ぺろりとご飯まで平らげたシャルルを見て、エマが問う。
「もちろん、構いませんよ。私はアリア様が行くところについて行くだけですから」
「アリア、様?」
「わっと、いえいえ、アリアの行く場所は私の行く場所ですからね!」
「……そうかい
いつものように様を付けて呼んだシャルルは、エマに怪訝な表情をされて慌てて訂正する。
街で暮らすのであれば、アリアが他国の王女であることはばらさないほうがいい。しかも、冷酷だといわれている皇帝の妃候補として来ているのだからなおさらだ。
もし反乱を起こそうとした人がいた場合、街にいるアリアは格好の的になってしまうだろう。
攫われたなんてことになったら、笑い事では済まないし、国際問題に発展してしまう可能性だって高い。
「まあ、いいか。部屋は二階の奥の二部屋が余ってるから、好きに使っていいよ」
「ありがとうございます」
こうしてアリアは、【しあわせ食堂】で働くことになった。