しあわせ食堂の異世界ご飯
3 具だくさんの野菜カレー
すうすうと寝息を立てて気持ちよく眠っているアリアの耳に、「やー!」という気合の入った声が届く。
思わず表情をしかめて、頭からブランケットをかぶる。
「もう少し寝たい……んぅ…………」
そしてアリアはまどろみ、再び夢の世界へ旅立とうとして――はっとする。
「ああっ! そうだった、私ジェーロに来たんだった!!」
がばっと起き上がり部屋を見回すと、しあわせ食堂の二階、アリアに宛てがわれた自室だ。
ベッドと机が置かれているだけで、五畳ほどの決して広いとはいえない部屋。けれどそれが逆に心地よく、アリアはすぐにこの部屋が気に入っている。
落ち着いたら何か家具を買おうと考えるのも、楽しい時間だ。
「やーやー! やーっ!!」
「……って、シャルルの声?」
窓の外から聞こえるのは、元気なシャルルの声だ。
外を見ると、裏庭でシャルルがナイフを使って素振りをしているところだった。侍女という役職に就いているシャルルだが、アリアの護衛も兼ねている。
日ごろから鍛錬し、有事の際にすぐ動けるよう心身ともに整えておくのはとても大切なことだ。
しかし……。
「さすがに早朝の街中だと、近所迷惑だ……」
エストレーラにある、騎士団の鍛錬場ではないのだ。
鍛錬をさせてあげたいのはやまやまだが、そう言ってもいられない。アリアは窓から少し身を乗り出して、シャルルに声をかける。
「おはよう、シャルル!」
「アリア様……じゃない、アリア、おはようございます!」
「街中での早朝鍛錬はご近所に迷惑だから、もう少し日が昇ってからにしよう?」
「あっ! そうですね~!」
そう言って二人で笑っていると、ガチャリと勝手口のドアが開いた。
エマかな? なんてのん気に考えていると、見たことのない青年が出てきてシャルルが驚く。もちろん、アリアも。
そして重なる、三人の声。
「え? 誰……?」
***
しあわせ食堂を開店し、その店内ではエマが豪快に笑う。
「アッハッハ、そういえばカミルのことを伝え忘れてたね」
「息子のカミルだ。……なんていうか、母さんがごめん」
隣町へ買い出しに行っていた、一人息子のカミル。
くせっけで少し外にはねたオレンジ色の髪が活発に見える、十七歳の男の子だ。腰には黒色のエプロンをつけ、仕入れと給仕を担当しているのだという。
いきさつを話し、簡単な自己紹介を終わらせる。
「アリアが料理を作ってくれるのか。それなら、店も復活するかもしれないな!」
「上手くいけばいいんだけど……」
「母さんが料理を褒めてたし、俺もアリアの……あ、呼び捨てにしちゃったけどよかったか?」
はたと気付き、カミルは慌ててアリアに呼び方について尋ねる。
アリアはもちろんと頷き、同時になんだか新鮮な気持ちになった。ここに来てからシャルルにはアリアと呼び捨てで呼ばれているが、基本的に様を付けて呼ばれることがほとんどだ。
「うん。私もカミルって呼ばせてもらうね?」
「私もシャルルでいいよ!」
「ああ! よろしく、二人とも」
と、ここまで見ればのんびりした朝の一幕だった。
それはよかったのだが、開店してから数時間……そろそろ昼時になろうというのに、まだ一人のお客さんも来ていないのだ。
まさかここまで来ないとはと、アリアは一張羅で項垂れる。
今着ている服は、エストレーラから持ってきたアリアの戦闘服だ。
白い七分丈のフックコートに、明るいストライプのリボンとサロンエプロン。華やかな色合いで、料理をするとき気合が入る。
「んー、これは何か策が必要だね」
今、しあわせ食堂のメニューは三種類だ。
野菜炒め定食、焼き魚定食、チキンスープ。そのほかに、お茶などの飲み物とエールなどのお酒が数種類用意されている。
ぶっちゃけて言えば、ありきたりすぎるのだ。
ほかの店と同じメニューなのに、料理の味はほかの店よりずっと下。それでは、新規の客はもちろん常連客に継続して通ってもらうのも弱すぎる。
「かといって、いきなり手の込んだ料理を作るのは難しいし……そうだ!」
アリアはこれだ! と閃いて、店内で座っているエマへ声をかける。
「エマさん、ちょっと市場へ買い物に行ってきてもいい? 出したい新メニューがあるの!」
「新メニュー? それはもちろん構わないけど、昨日のエビフライかい? 確かに、あれはインパクトもあって目玉になりそうだ」
「うぅん、もう少し簡単なやつ。結構な量になるから……シャルル、荷物持ちに――」
「あ、俺が一緒に行くよ」
アリアがエプロンだけを取り、シャルルに声をかけようとしたらカミルが名乗り出てくれた。
「シャルル、裏庭で筋トレをしてるみたいだからさ。女の子なのに、すごいよね」
「ああ、そうか……」
朝は迷惑だから、落ち着いた今の時間に鍛錬をしていることを思い出す。
「でも、結構重くなると思うよ?」
「アリア、俺だって男だぞ? いくら鍛えてるからって、シャルルよりひ弱ってことはないさ」
「んー、じゃあ、お願いしようかな」
シャルルは細腕だけれど、その筋力はかなりのものだ。何年も騎士団に所属し、一目置かれている存在だったのだから。
とはいえ、せっかくカミルが申し出てくれたのだからそれを無下にするわけにもいかない。アリアは快諾して、カミルと二人で市場へと向かった。
***
裏路地にあるしあわせ食堂を右に出て、すぐの角を左に曲がってまっすぐ10分ほど歩くと市場へ着く。
市場は屋台で昼食をとる人や、買い物をする主婦で賑わいを見せていた。
「新しい料理って、材料は何を買うんだ?」
「調味料とお米がほしいんだよね。野菜は、お店にあるやつで足りると思うから」
売っている店を案内するからと、カミルがアリアに購入するものを確認する。
そしてすぐに、「お米は重いから最後だな」と言って調味料が売っているエリアへと向かう。
香辛料を扱っている店は広場の西側に複数あり、どこの店も大袋にたっぷり調味料が入っている。エストレーラよりも種類は豊富だが、価格は少し上だ。
林檎を例にあげると、エストレーラでは一つ50レグで購入できる。しかしここでは、一つ150レグで売っているものもあった。
――純粋に、物価が高いんだよね。
こういうのを見ると、エストレーラは田舎だということを実感する。
「あ、あった! 私がほしかった香辛料」
「ん? あの赤いやつか?」
「そうだよ」
――たくさん買っても、ジェーロの人に受け入れてもらえるかはわからないよね。
なので、ひとまずは今日使うぶんだけを購入する予定だ。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
アリアとカミルはお店の前に行くと、店員に香辛料の内容を教えてもらう。
欲しかった香辛料もあるけれど、それよりも知らない香辛料の方が多い。何十種類もの香辛料はいらないけれど、せめて五種類くらいはほしいところだ。
「んー、とりあえずターメリックは必要で、あとは知らない香辛料も多いなぁ……おじさん、味見できる?」
「構わないぞ」
アリアは袋に詰まった香辛料を何種類か指差して、店員に頼み込む。すぐに快諾され、辛いものも多いから注意するようにと言われる。
「大丈夫、小さなころからいろんなものを口にしてるから」
「ハハハッ、見た目によらず豪快なお嬢ちゃんだな」
赤い香辛料をぺろりとひと舐めすると、ピリッとした辛みを感じる。緑の香辛料は、パクチーに似た香がするが、この世界特有の植物の粉末のようだ。
「この茶色いのは、クミンに似てるけど……ちょっと味が違うかなぁ」
「アリアって、香辛料に詳しいんだな」
「うぅん、一般的なものしかわからないよ。だから知らないものの方が多いし、こうやって味見させてもらってるの」
感心したように言うカミルに、アリアは首を振る。
ここに売っているものは知らないものが多く、味覚に頼って配合して『カレー』にするための香辛料を作らなければならない。
アリアはほかにも何種類か味見をさせてもらい、六種類の香辛料とお米を購入してしあわせ食堂へと戻った。
思わず表情をしかめて、頭からブランケットをかぶる。
「もう少し寝たい……んぅ…………」
そしてアリアはまどろみ、再び夢の世界へ旅立とうとして――はっとする。
「ああっ! そうだった、私ジェーロに来たんだった!!」
がばっと起き上がり部屋を見回すと、しあわせ食堂の二階、アリアに宛てがわれた自室だ。
ベッドと机が置かれているだけで、五畳ほどの決して広いとはいえない部屋。けれどそれが逆に心地よく、アリアはすぐにこの部屋が気に入っている。
落ち着いたら何か家具を買おうと考えるのも、楽しい時間だ。
「やーやー! やーっ!!」
「……って、シャルルの声?」
窓の外から聞こえるのは、元気なシャルルの声だ。
外を見ると、裏庭でシャルルがナイフを使って素振りをしているところだった。侍女という役職に就いているシャルルだが、アリアの護衛も兼ねている。
日ごろから鍛錬し、有事の際にすぐ動けるよう心身ともに整えておくのはとても大切なことだ。
しかし……。
「さすがに早朝の街中だと、近所迷惑だ……」
エストレーラにある、騎士団の鍛錬場ではないのだ。
鍛錬をさせてあげたいのはやまやまだが、そう言ってもいられない。アリアは窓から少し身を乗り出して、シャルルに声をかける。
「おはよう、シャルル!」
「アリア様……じゃない、アリア、おはようございます!」
「街中での早朝鍛錬はご近所に迷惑だから、もう少し日が昇ってからにしよう?」
「あっ! そうですね~!」
そう言って二人で笑っていると、ガチャリと勝手口のドアが開いた。
エマかな? なんてのん気に考えていると、見たことのない青年が出てきてシャルルが驚く。もちろん、アリアも。
そして重なる、三人の声。
「え? 誰……?」
***
しあわせ食堂を開店し、その店内ではエマが豪快に笑う。
「アッハッハ、そういえばカミルのことを伝え忘れてたね」
「息子のカミルだ。……なんていうか、母さんがごめん」
隣町へ買い出しに行っていた、一人息子のカミル。
くせっけで少し外にはねたオレンジ色の髪が活発に見える、十七歳の男の子だ。腰には黒色のエプロンをつけ、仕入れと給仕を担当しているのだという。
いきさつを話し、簡単な自己紹介を終わらせる。
「アリアが料理を作ってくれるのか。それなら、店も復活するかもしれないな!」
「上手くいけばいいんだけど……」
「母さんが料理を褒めてたし、俺もアリアの……あ、呼び捨てにしちゃったけどよかったか?」
はたと気付き、カミルは慌ててアリアに呼び方について尋ねる。
アリアはもちろんと頷き、同時になんだか新鮮な気持ちになった。ここに来てからシャルルにはアリアと呼び捨てで呼ばれているが、基本的に様を付けて呼ばれることがほとんどだ。
「うん。私もカミルって呼ばせてもらうね?」
「私もシャルルでいいよ!」
「ああ! よろしく、二人とも」
と、ここまで見ればのんびりした朝の一幕だった。
それはよかったのだが、開店してから数時間……そろそろ昼時になろうというのに、まだ一人のお客さんも来ていないのだ。
まさかここまで来ないとはと、アリアは一張羅で項垂れる。
今着ている服は、エストレーラから持ってきたアリアの戦闘服だ。
白い七分丈のフックコートに、明るいストライプのリボンとサロンエプロン。華やかな色合いで、料理をするとき気合が入る。
「んー、これは何か策が必要だね」
今、しあわせ食堂のメニューは三種類だ。
野菜炒め定食、焼き魚定食、チキンスープ。そのほかに、お茶などの飲み物とエールなどのお酒が数種類用意されている。
ぶっちゃけて言えば、ありきたりすぎるのだ。
ほかの店と同じメニューなのに、料理の味はほかの店よりずっと下。それでは、新規の客はもちろん常連客に継続して通ってもらうのも弱すぎる。
「かといって、いきなり手の込んだ料理を作るのは難しいし……そうだ!」
アリアはこれだ! と閃いて、店内で座っているエマへ声をかける。
「エマさん、ちょっと市場へ買い物に行ってきてもいい? 出したい新メニューがあるの!」
「新メニュー? それはもちろん構わないけど、昨日のエビフライかい? 確かに、あれはインパクトもあって目玉になりそうだ」
「うぅん、もう少し簡単なやつ。結構な量になるから……シャルル、荷物持ちに――」
「あ、俺が一緒に行くよ」
アリアがエプロンだけを取り、シャルルに声をかけようとしたらカミルが名乗り出てくれた。
「シャルル、裏庭で筋トレをしてるみたいだからさ。女の子なのに、すごいよね」
「ああ、そうか……」
朝は迷惑だから、落ち着いた今の時間に鍛錬をしていることを思い出す。
「でも、結構重くなると思うよ?」
「アリア、俺だって男だぞ? いくら鍛えてるからって、シャルルよりひ弱ってことはないさ」
「んー、じゃあ、お願いしようかな」
シャルルは細腕だけれど、その筋力はかなりのものだ。何年も騎士団に所属し、一目置かれている存在だったのだから。
とはいえ、せっかくカミルが申し出てくれたのだからそれを無下にするわけにもいかない。アリアは快諾して、カミルと二人で市場へと向かった。
***
裏路地にあるしあわせ食堂を右に出て、すぐの角を左に曲がってまっすぐ10分ほど歩くと市場へ着く。
市場は屋台で昼食をとる人や、買い物をする主婦で賑わいを見せていた。
「新しい料理って、材料は何を買うんだ?」
「調味料とお米がほしいんだよね。野菜は、お店にあるやつで足りると思うから」
売っている店を案内するからと、カミルがアリアに購入するものを確認する。
そしてすぐに、「お米は重いから最後だな」と言って調味料が売っているエリアへと向かう。
香辛料を扱っている店は広場の西側に複数あり、どこの店も大袋にたっぷり調味料が入っている。エストレーラよりも種類は豊富だが、価格は少し上だ。
林檎を例にあげると、エストレーラでは一つ50レグで購入できる。しかしここでは、一つ150レグで売っているものもあった。
――純粋に、物価が高いんだよね。
こういうのを見ると、エストレーラは田舎だということを実感する。
「あ、あった! 私がほしかった香辛料」
「ん? あの赤いやつか?」
「そうだよ」
――たくさん買っても、ジェーロの人に受け入れてもらえるかはわからないよね。
なので、ひとまずは今日使うぶんだけを購入する予定だ。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
アリアとカミルはお店の前に行くと、店員に香辛料の内容を教えてもらう。
欲しかった香辛料もあるけれど、それよりも知らない香辛料の方が多い。何十種類もの香辛料はいらないけれど、せめて五種類くらいはほしいところだ。
「んー、とりあえずターメリックは必要で、あとは知らない香辛料も多いなぁ……おじさん、味見できる?」
「構わないぞ」
アリアは袋に詰まった香辛料を何種類か指差して、店員に頼み込む。すぐに快諾され、辛いものも多いから注意するようにと言われる。
「大丈夫、小さなころからいろんなものを口にしてるから」
「ハハハッ、見た目によらず豪快なお嬢ちゃんだな」
赤い香辛料をぺろりとひと舐めすると、ピリッとした辛みを感じる。緑の香辛料は、パクチーに似た香がするが、この世界特有の植物の粉末のようだ。
「この茶色いのは、クミンに似てるけど……ちょっと味が違うかなぁ」
「アリアって、香辛料に詳しいんだな」
「うぅん、一般的なものしかわからないよ。だから知らないものの方が多いし、こうやって味見させてもらってるの」
感心したように言うカミルに、アリアは首を振る。
ここに売っているものは知らないものが多く、味覚に頼って配合して『カレー』にするための香辛料を作らなければならない。
アリアはほかにも何種類か味見をさせてもらい、六種類の香辛料とお米を購入してしあわせ食堂へと戻った。