結婚しても恋をする

「退職を、止めたいんですが……」

翌日の朝一番、後ろめたく身を縮こまらせながら直属の上司である沢崎《さわざき》課長に申し出ると、目を丸くしていた。
腰が引けて、どんな反応が来るかと思いきゃ、途端瞳を輝かせる。

「それは地域管理課としては、大歓迎です! 正直、藤倉さんが抜けた穴どうやって埋めるか途方に暮れてたからね~」

最初に退職を申告した際にも引き留めがあったものの、多少怒られるかも知れないと覚悟していたので、拍子抜けした。
近頃は割合仕事に対するやり切れなさは鎮まって来たのもあるが、こうなった以上働かなくてはならないと駆り立てられたのだ。
マンションの購入は、夫婦で決めたことなのだから。

数時間後、退職届を止めたと課長から報告を受けた。
続いて口から出た名前に、心臓が跳ねる。

「部門長と、宮内課長にも挨拶に行きましょう。宮内課長、随分心配されてましたからね」

弾かれたように速まった鼓動を感じ取りながら、沢崎課長の後に続いて業務統括課に足を踏み入れた。
部門長は外出しているらしく、宮内課長の席の前で足を止める。

「宮内課長、藤倉さんは退職されないことになりました。ご心配お掛けしました」
「申し訳ありませんでした。今後ともよろしくお願い致します」

「……あっ……そうですか、それは良かった」

沢崎課長に続いて頭を下げると、立ち上がり返事しながらも驚きを顕にしていた。

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