結婚しても恋をする
遊びの人

勤務先のビルを出ると、日が落ちる間際の薄らと残った橙色が、向かいの古民家風カフェの窓に映っていた。
近くの美術館のポスターが貼られており、美しい風景画に目を奪われるが、いつもそのまま行き過ぎる。

路地裏にはアイドル猫が住み着いていて、通りがけに様子を覗って帰るのが日課だ。
一瞬視線をくれてみたが野良猫の姿は見えず、今日はすぐに諦めた。

普段と違って、他のことに気を取られていた。

線路の上を揺れる車両の中、色付いた銀杏の葉が舞うアパートまでの道程、ずっと心を占拠して離れなかった。

管理者なんて皆、どこか上から見ていて、他人事で、現場なんか見えてないというイメージを持っていた。
宮内課長は思っていたよりずっと、対等な目線で、物事を見抜く目を持ち、考えを押し付けるでもなく、共感を持って聞いてくれたように思えた。


決まりきった動作で鍵を開けて玄関を潜り、住み慣れた空間を見渡す。
今日もダイニングテーブルの上に、郷ちゃんが朝に食べたパンの袋が転がっており、拾い上げるとぐしゃぐしゃと丸めた。


賢さというものは……旦那が持っていないもの。
“力になる”という言葉は、絶対に言ってくれることはない。


瞼を伏せると息を吐き、蛇口から電気ケトルに水を注いでスイッチを押した。

何も出来ない訳ではなく、家事はよく手伝ってくれている。それはわかっている。
ごみの日を忘れても、炊飯器の電源を入れ忘れても、頑張ってくれているのだ。

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