結婚しても恋をする
うわの空ながらも何とか夕食を作り、食べ終えたらしい。
金曜日の寛いだ空気漂う畳の部屋で、テレビの前に寝そべっている郷ちゃんに背を向けた。
押し入れから部屋着を取り出しのそのそと袖を通していると、後ろから声が響いた。
「週末の予定あったっけ?」
「何だったっけ……そうだ、買い物……グラスとか洗濯ピンチとかいっぱい割れちゃってさ。後、あの映画そろそろ観に行った方が良くない?」
目線を彷徨わせ脳内でスケジュールを整理しつつも、タイツを脱いでジャージを広げる。
「前売り買ったやつ? “童貞が女に翻弄されまくる”? あれ、この辺でやってるの」
「そうそう。駅前でやってると思うけど。明日行く? 明後日?」
キャッチコピーを口にした人の予定を尋ねて振り返ると、テレビに視線を注いだまま答えた。
「俺は、いつでも空いてるから」
片手で頭を支える後ろ姿が、何処となく切ない。
──この人には、友達が居ない。……と言うよりも、要らない。
寂しげに感じたのはわたしだけで、自らの不器用さをよく理解している郷ちゃんは、気疲れする人間関係を排除している。
「……じゃ、明日。……久しぶりに外食しようか? 何が良い?」
「灯梨の食べたいもので良い」
わたし達の予定は、わたしの意向だけでほぼ決まってしまう。
わかっている。何を食べるかなんて些細な選択ですら、この人が不得手であることは。
……店探すの、めんどくさいな。
考えるよりも先に頭に浮かび、自分の影が落ちた部屋の隅を見つめた。
彼にとっては、毎日帰って来るこの2DKの小さな城だけが、楽園か何かのように見えているのかもしれない。