結婚しても恋をする

一部始終を見ていたスタッフが笑って通してくれたが、わたしの気分はいつまでも塞いだままで、いつしか深夜を迎えていた。
人前で声を荒らげてしまったショックを払拭出来ず、つまらない映画で気持ちの切り替えも叶わずに、折角の外食も不毛な時間を過ごした。

彼は、何かやらかしてわたしの機嫌を損ねたと察知すると、「ごめん」と一言謝ったきり決まって黙り込んでしまう。
一般的には、顔色を伺いおだてたり、代替案や今後の対策を出したりするものだと思うが、何もしない。
今回も向かい合ったレストランのテーブルで、ただ真顔で一点を見つめたまま動かず、まるで嵐が過ぎ去るのを待っているようだった。

いつまでも引き摺っているわたしが、責めてしまうわたしが、悪いのだろうか。
だけど何も言ってくれないから、どうしてあなたを許せば良いのか、どうして自分の心を宥めれば良いのか、わからない。


郷ちゃんが寝静まった家の中で、ひとり畳を眺めていた。

わたしはなんであの人と結婚したんだっけ。

頭にもやが掛かったようで、よく思い出せない。
もっと違った人と結婚すれば、現状も違っていたのだろうか?

こんなことは大した事件ではないと、簡単には思えなかった。

痛む脇腹を抱え、畳の上に水滴が一粒、二粒と落ちた。
膝の上に握った拳に爪が食い込み、一層涙が溢れ頬を流れた。

「……助けて……」

消え入るような声を絞り出したその時、脳裏を過ぎったのはどういうわけか宮内課長の姿だった。

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