結婚しても恋をする
ずるずると床にへたり込むと、顔を俯けてフローリングを虚ろに見つめた。
言ってしまってから頭に冷や汗が流れたのがわかったが、追い詰める言葉が止まらず声が震える。
「……ねぇ、わたしがこんなに悩んでるのに、なんで君は悩んでないの……!?」
口を突いた疑問に対する返事はいつも通りなく、代わりに頬を伝う涙を冷えた指先が拭う。
「……灯梨、大丈夫……?」
結婚して丸2年を過ぎた郷《きょう》ちゃんは、いつも飄々としていて感情が読みにくい。
加えて怒鳴り散らしても反論もなく暖簾に腕押しの割に、どういうわけかわたしが落ち込んでいることだけは敏感に察知するらしい。
そこそこの見目好い容姿を備えながら、全く頼りにならない天然ぼけぼけの残念イケメンが、何処か眉を下げた様子でこちらを伺っている。
もうこんな会話を何度繰り返したかわからない。
幾らか頭が冷えて来ると、一体この人が何をしたと言うのかと思えるのに、責め立てる言葉が止まらない。
負のスパイラルに迷い込んでしまったことしかわからず、対処法を導き出せない日々が流れ行く。
優しくされると余計に辛く、傷付けてしまう自分の愚かさが重い。
いっそ怒鳴り返してくれたなら、まだ良かった。
「……わたしと一緒に居ることが、郷ちゃんの幸せなのかな」
小さく零した言葉を拾ったのか、前の人の大きな瞳が更に見開かれるのを、目の端で捉えた。
今のわたしにこの人と一緒に居る資格はないと、瞼をきつく閉じる。
「…………少し、離れようか……」