結婚しても恋をする

郷ちゃんが仕事へ出掛けた土曜日の昼間に、1週間分の着替えを纏めて実家へ転がり込んだ。
地元から出社すること1日目。週明けの仕事がだれ始めた昼中、不意に金曜日の占い師の台詞を思い起こした。

……不倫、ねぇ。

誘いを受けただけで、大して占いを信用してはいないものの、掌に出ているという事実に信憑性を感じてしまう。

広いフロアを順に眺め、心当たりを薄らと胸に漂わせると、図らずも目が拾っている。
忙しなく挨拶回りをしている契約社員の十川《とがわ》さん、隣の業務統括課の宮内《みやうち》課長……。
背が高く存在感のある課長を遠目に見つめると、僅かに頬を染めた自分に感付き、ないないと小さく首を横に振る。


間もなく終業を迎えようかという時刻、10月いっぱいで退職する十川さんが一言述べると、皆拍手を送った。
わたしと同じく30代の契約社員である彼が異動して来てからというもの、課された業務の重圧から退職にまで追い込まれてしまったのは心苦しかった。
有期契約から無期契約への転換期である3年という節目に、下された決断だった。

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