結婚しても恋をする
空気が変わった兆しを、何処か感じてはいた。
地域管理課の隅にある低書庫の上で、厚型ファイルの書類整理は慣れた作業だ。
隣は打ち合わせスペースで、パーテーションの向こう側からドアが開く音に続いて、宮内課長が姿を現した。
ちらりと目線をくれてみたが、これまで通り過ぎ行くだけに違いないと再びファイルに視線を落とし掛けた瞬間、またしてもこちらを振り返った人が瞳の端を掠めた。
あれっ、どうしよう。
動揺しながらも怖々顔を上げると、踵を返し戻って来て、指先で呼び寄せる仕草をする。
周囲にわたししか居ないと知っていたが、念の為自分を指差し伺うと、首を縦に振った。
小走りで側まで寄ると、一歩こちらへ踏み入り、隣に立って身を屈めた。
目を見開き、威圧感のある長身を見上げる。
ちょっ、近っ! 近いっ!
気持ちが顔に表れてしまいやしないかと困惑していると、声を潜めて、ごくゆっくりと口にする。
「あれから、半月経つけど、大丈夫か?」
「……大丈夫です」
こんな至近距離で話したのは初めてで、途端大きく脈打ち始めた心臓を感じ取った。
郷ちゃんとは違う大人の男性の匂いが、鼻を掠める。
「気、変わってへんか?」
「はい」
満足したのか僅かに体勢を戻した課長を、用意していた台詞で引き留めた。