結婚しても恋をする
「あの……体調も、大分治ってますので。ありがとうございました」
実は先日のやり取りから、そこはかとなく課長の言わんとしたことが解ってしまっていた。
軽く頭を下げると、頷いた後の去り際に、柔らかく表情を崩した。
「まぁ~あんまり考えんと、気楽に行ったらえぇやん」
目の前の光景が眩く、動けずに睫毛を瞬く。
目尻に皺を寄せて、あの欲しかった満面の笑顔を、くれた。
仕事に戻った後も、1時間ばかりうわの空だった。
モニターの依頼書を眺めながら、締め付けられてしまった胸を鎮めようと努力したが、無駄だったかもしれない。
知っていた。“遊びの恋”だと白けたと同時に、若いからってだけじゃ嫌だと歯止めを掛けていた言い分が、きっと失われてしまったことを。
相手が居るのも、ずるいのも、お互い様だから──。
意識するよりも先に存在に気付き、目線を滑らせる。
それはわたしだけではなくなった。
フロア内を移動する瞬間、派遣社員に指導する最中、システムの前に腰掛けるタイミング。
視界の隅で宮内課長の姿を拾うと、彼もわたしを見ている。
合わなかった目がはっきりと合い、数秒視線を絡ませる。
気付かれてしまったのだ。密かに観察していたことを。
胸に秘めた想いを。