そしてあなたと風になる
まひると愛車はその後、トラブルに巻き込まれることなく目的地に到着した。後続車である黒のハイブリットカーも、無事に追尾してくれていたようた。
まひるは玄関先にバイクを停車するとヘルメットを脱ぎ、後続のハイブリットカーの後部座席の窓をノックした。
「こんなところまでご足労頂いた上に子猫まで運んで頂いて本当にありがとうございました。後日ご連絡下さいましたら必ずお礼いたしますので。」
子猫を受けとりお辞儀をするまひるに、玄関で待ち構えていた神田晴斗が声をかけてくる。
「まひるさん、遅い!もうすぐ約束の時間ですよ。早く着替えて!なんですか、その猫?」
晴斗は子猫を抱えていない方の、まひるの左腕を掴むと、玄関に引きずり込もうと力を入れた。
「あー、バイク,,,。」
「警備の田中さんが動かしてくれますよ」
晴斗は容赦ない。
「本当に申し訳ありません、連絡待ってます,,,。」
引きずられながら後部座席の男性に頭を下げるまひるに
「気にしないで,,,。すぐにお会いできますよ。」
と男性が発した呟きは届かなかった。
++++++++
約束の時間まで後15分。5分前に応接室に着席しておくことを考えると後10分しかない。
まひるは社長室奥のプライベートルームで、慣れた様子でバイク用のつなぎからビジネススーツに着替えた。髪をひとつにまとめ、知的に見えるようなメークを加える。
今日は、新規取引先として名乗りをあげてきた櫻木コーポーションとの契約締結のためのアポイントメントがあったのだ。
しかし、昨夜は個人的な趣味でやっているウェブデザイン画作成に夢中になり、つい夜更かしをしてしまった。スマホの目覚ましをセットし、何度目かのスヌーズをやり過ごした結果、まひるは寝坊してしまったというわけだ。
会社のホームページに不定期で更新している観賞用のデザイン画ではあったが、最近ではそのデザイン画が評価され、様々な会社のコマーシャルにも採用されている。
今回の櫻木コーポレーションからの申し出も、ホームページ上で展開するコスメ関係のCMにまひるのデジタル映像を使用したい、とかなんとか晴斗が言っていた。
諏崎デザイン工房は、小規模な会社ではあるが実力はなかなかのもので、先代社長の諏崎勇造は建築家として世界的に名を馳せていた。
その弟子である社員も、インテリアデザイン、ウェブデザイン、建築デザインの各分野で賞をとっているため、仕事の依頼をするのも順番待ちと言われているほどだ。
まひるは社長という肩書きがあるとはいえ、インテリアデザイナー兼ウェブデザイナーが本業なので、会社経営のことは素人に近い。
現在は、いとこで副社長でもある神田晴斗に経営全般を一任しているといっても過言ではない。
晴斗は25歳と若いが、高校からアメリカに留学しており、飛び級で有名大学の経済学部を卒業しMBAを取得した、いわゆる"天才"である。
まひるはというと、公立高校のインテリアデザイン学科を卒業した後、都内の有名大学に進学し、そこではデザイン工学を専攻した。
サークルではマルチメディア研究会に所属し、デジタル関係のあらゆる資格習得に没頭した。
卒業後は、当然のこととして家業である"諏崎デザイン工房"に就職したが、昨年、社長が胸部大動脈解離という病に倒れ、あっという間にこの世を去ってしまった。
諏崎デザイン工房には、役職を求めて争い合う社員はいない。そもそも、社長の実力についてきたプロ意識の高い社員しかいない。
『社長はまひるさんです。』
社員は声を揃えて言った。社員の中で、前社長の親族は一人娘のまひるしかいなかったから。
『名ばかりの社長だけどね』
まひるの父:勇造は二人兄妹であった。
勇造の妹婿であり、晴斗の父親でもある神田正晴は、名の知れた建築会社を運営する社長。晴斗がいずれその跡を継ぐことは決まっていた。
しかし、まひるの叔父である正晴は、いまだに健康で現役の50代。晴斗が会社を継ぐのはずいぶん先の話。
そこで、まひるの母、叔父と叔母は考えた。
今はまひるを助けて、実地で経営を学び、諏崎の会社を発展させることが、晴斗の将来にも役に立つのではないか,,,。と。
こうして名ばかりの会社社長:諏崎まひると、期間限定の副社長、神田晴斗が誕生したのである。
+++++++++++
受付から『櫻木コーポレーションの専務とその秘書が到着し応接室に通した』と社長室に連絡が入った。
まひるは、社長室から繋がる応接室のドアを開いて、来客用のソファに座る男性二人の前に立つと
「お待たせして申し訳ありません。社長の諏崎まひるです。」
とお辞儀をして対面のソファーに腰掛けた。
「あれ、あなた方はさっきの?」
目の前に座る二人の顔は見覚えがある。
見間違うはずもない。
先ほどのバイク事故に巻き込んだハイブリットカーの二人だった。
まひるは玄関先にバイクを停車するとヘルメットを脱ぎ、後続のハイブリットカーの後部座席の窓をノックした。
「こんなところまでご足労頂いた上に子猫まで運んで頂いて本当にありがとうございました。後日ご連絡下さいましたら必ずお礼いたしますので。」
子猫を受けとりお辞儀をするまひるに、玄関で待ち構えていた神田晴斗が声をかけてくる。
「まひるさん、遅い!もうすぐ約束の時間ですよ。早く着替えて!なんですか、その猫?」
晴斗は子猫を抱えていない方の、まひるの左腕を掴むと、玄関に引きずり込もうと力を入れた。
「あー、バイク,,,。」
「警備の田中さんが動かしてくれますよ」
晴斗は容赦ない。
「本当に申し訳ありません、連絡待ってます,,,。」
引きずられながら後部座席の男性に頭を下げるまひるに
「気にしないで,,,。すぐにお会いできますよ。」
と男性が発した呟きは届かなかった。
++++++++
約束の時間まで後15分。5分前に応接室に着席しておくことを考えると後10分しかない。
まひるは社長室奥のプライベートルームで、慣れた様子でバイク用のつなぎからビジネススーツに着替えた。髪をひとつにまとめ、知的に見えるようなメークを加える。
今日は、新規取引先として名乗りをあげてきた櫻木コーポーションとの契約締結のためのアポイントメントがあったのだ。
しかし、昨夜は個人的な趣味でやっているウェブデザイン画作成に夢中になり、つい夜更かしをしてしまった。スマホの目覚ましをセットし、何度目かのスヌーズをやり過ごした結果、まひるは寝坊してしまったというわけだ。
会社のホームページに不定期で更新している観賞用のデザイン画ではあったが、最近ではそのデザイン画が評価され、様々な会社のコマーシャルにも採用されている。
今回の櫻木コーポレーションからの申し出も、ホームページ上で展開するコスメ関係のCMにまひるのデジタル映像を使用したい、とかなんとか晴斗が言っていた。
諏崎デザイン工房は、小規模な会社ではあるが実力はなかなかのもので、先代社長の諏崎勇造は建築家として世界的に名を馳せていた。
その弟子である社員も、インテリアデザイン、ウェブデザイン、建築デザインの各分野で賞をとっているため、仕事の依頼をするのも順番待ちと言われているほどだ。
まひるは社長という肩書きがあるとはいえ、インテリアデザイナー兼ウェブデザイナーが本業なので、会社経営のことは素人に近い。
現在は、いとこで副社長でもある神田晴斗に経営全般を一任しているといっても過言ではない。
晴斗は25歳と若いが、高校からアメリカに留学しており、飛び級で有名大学の経済学部を卒業しMBAを取得した、いわゆる"天才"である。
まひるはというと、公立高校のインテリアデザイン学科を卒業した後、都内の有名大学に進学し、そこではデザイン工学を専攻した。
サークルではマルチメディア研究会に所属し、デジタル関係のあらゆる資格習得に没頭した。
卒業後は、当然のこととして家業である"諏崎デザイン工房"に就職したが、昨年、社長が胸部大動脈解離という病に倒れ、あっという間にこの世を去ってしまった。
諏崎デザイン工房には、役職を求めて争い合う社員はいない。そもそも、社長の実力についてきたプロ意識の高い社員しかいない。
『社長はまひるさんです。』
社員は声を揃えて言った。社員の中で、前社長の親族は一人娘のまひるしかいなかったから。
『名ばかりの社長だけどね』
まひるの父:勇造は二人兄妹であった。
勇造の妹婿であり、晴斗の父親でもある神田正晴は、名の知れた建築会社を運営する社長。晴斗がいずれその跡を継ぐことは決まっていた。
しかし、まひるの叔父である正晴は、いまだに健康で現役の50代。晴斗が会社を継ぐのはずいぶん先の話。
そこで、まひるの母、叔父と叔母は考えた。
今はまひるを助けて、実地で経営を学び、諏崎の会社を発展させることが、晴斗の将来にも役に立つのではないか,,,。と。
こうして名ばかりの会社社長:諏崎まひると、期間限定の副社長、神田晴斗が誕生したのである。
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受付から『櫻木コーポレーションの専務とその秘書が到着し応接室に通した』と社長室に連絡が入った。
まひるは、社長室から繋がる応接室のドアを開いて、来客用のソファに座る男性二人の前に立つと
「お待たせして申し訳ありません。社長の諏崎まひるです。」
とお辞儀をして対面のソファーに腰掛けた。
「あれ、あなた方はさっきの?」
目の前に座る二人の顔は見覚えがある。
見間違うはずもない。
先ほどのバイク事故に巻き込んだハイブリットカーの二人だった。