そしてあなたと風になる
「千尋、どこに行くんだ!」

秘書室で報告書を打ち込んでいた三月が顔をあげて、千尋を呼び止めた。

「まひるのところに行ってくる。」

秘書の三月には、アメリカ出張に同伴した際、まひるとの関係を話していた。

「何があった?」

千尋は、たった今、百花から聞いた話をした。

三月はため息を漏らし、

「だから曖昧にするなって言ったただろう。まひるさんは、誰にも頼らずに生きてきた人だ。言葉がなければお前にも何も期待しない。」

千尋は、何も言い返せなかった。

「会社の危機だから、神田社長や晴斗くんには我が儘も言えない。」

「離れていても身内である母親や祖父に"お前のためだ"って言われたら、断れないに決まってる。」

「お前には取引先っていうだけの関係上、頼れない。」

それに、と三月は続ける。

「まひるちゃんも結婚適齢期だし、以前から相手には好意を示されている。社員の将来や神田建設のことも考えたら、誰かに寄りかかりたくなっても仕方ないだろう?」

千尋は自分が不甲斐なくて仕方なかった。

どうして順番を間違えたのだろう。
あのとき"好きだ"と伝えなかったのだろう。

まひるはスティーブとの結婚を決意したのだろうか?

黒い感情がぐるぐると渦を巻く。

「今からちょうど昼休みだ。先方には俺が電話しておく。俺から連絡がなかったら、まひるさんは社長室にいると思え。」

三月が、黒のハイブリッドカーの鍵を投げてよこした。

「欲しいものは奪ってこい。」

眼鏡のフレームをくいっとあげた三月は、やっぱり頼りになる秘書だった。



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