恋をしようよ
「なんで、なっちゃんなんて、呼ばせてんのさ。」

そんな風に呼んでいるのは、久地さんしか知らないからな。
はじめ俺には、そう呼ぶなって言ったよな確か。

「え?私結構そう呼ばれてますけどね、むしろ名前で呼ばれるのは、なんか違和感あって。
仕事では、普通に夏川って苗字呼びの人が多いし。
なんていうかその、カズヤさんにはあんなこと言っちゃいましたけど…」

すっかり食べ終わった皿を見つめながら、ビールをついでやる。
またすぐにビールが空になったのでもう一本頼むと、またヤツがやってくる。

そうするとまたナツが言葉を濁すので、そのたびになんだかモヤるのがやりきれない。
わざとそいつが見えるように、彼女の手を握り締めていた。

そんな俺たちのことを見ながら、そいつはニヤニヤとしながらどうぞとビールを置いて、すぐに他の客に呼ばれて離れていった。

「ちょっ、カズヤさん、何してるんですか。」

「いいじゃんべつに。」

握り締めた手を優しくとくと、その手のひらを指で撫でる。そして指先で文字を描くとまたナツは真っ赤になって俯いた。

「で、なんで?」
言いかけた言葉を続けてもらいたくて催促すると、またナツはポツリポツリと話してくれた。

「ほら私ってこんなんじゃないですか、だから”すなお”って呼ばれるのなんかダメなんですよ。親戚からも呼びづらいからなおちゃんてよばれてたし。
でも、カズヤさんからはなんていうか、呼び捨てにされたかったって言うか、えっと…」


何だよそれ、俺に特別な名前で呼ばれたかったってこと?
そう思うと、なんだかたまらなくなって、その場で抱きしめたくなったけれども、そのままもう一度その手を握り締めて今度は指を絡めて繋いでいた。


「何そんな可愛いこと言ってんだよ。」


俯いて真っ赤になっているナツの顔を、下から覗き込むと、眼も合わせてくれないくらい照れているから可愛くて困る。

「もう、そろそろ帰りますか?ちょっとトイレ行ってきます。」

俺の手を優しく解いくと、ナツはいそいそと席を立って離れていってしまった。
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