恋をしようよ
夢の中で、王子様に声をかけられる。

私を可愛いといってくれる、気になるといってくれる。

一緒におしゃべりをしてお酒を飲んで、私はずっとふわふわとした気持ちで、気のきいた言葉も返せず、俯いてばかりだったけれども。

「お望みとあれば、いつでも抱いてやるぜ…」

恋愛シュミレーションゲームみたいな台詞をさらりと言う王子は、やっぱりきっと2次元の人なんだなとぼんやり思う。

そして、朝になると夢から覚めるんだ。



メールや番号の交換もしなかったし、名詞のやり取りもしていないし、やっぱりあれは夢だったのかもしれないと、一週間仕事に没頭する。

オフィスで一人、この前の取材のテープ起こしをしながらPCに向かい原稿を書いていると、自分の大好きな音楽の世界に没頭できる。

音にまみれると嫌なことも全部忘れられる。

一人ぼっちでも大丈夫だと励ましてもらえる。

お洒落もしないブスはくんなと罵倒される事があっても、そんなことどうでもよかった。


そしていつものように、そんな音楽にまみれたくて、西麻布まで足を運ぶんだ。



「ナツ!」

思い切りそう声をかけてきたのは、何故か夢の中で会った王子で、夢じゃなかったのかとびっくりする。

先週と同じように、おしゃべりして、お酒を飲んで、今夜は何故か話の流れで名刺の交換もした。

王子の名前は”池乃壕和也”あの有名な華道の家元の御曹司だった。
どうりでやたら気になると思った…私もその流派でお花を習っていたから。

名刺を渡すと、いきなり仕事モードにスイッチが入る。
取材だと思うと、緊張しないですらすらと普通に言葉が出てくるんだ。
この前より普通に話せたかな?なんて思いながらも、今日も駅まで送ってもらって、今度呑みに行こうなんて誘ってくれる。
だけど、嬉しいくせに素直に返せなくて戸惑ってしまう。
淳と書いてすなおなんて名前のクセに、私はまったく名は体をあらわすなんてかけ離れた性格に捻くれてしまっているんだ.


カズヤさんは、数日後にメールもくれて、とんとん拍子で食事も一緒にさせてもらって、お花まで習わせてもらえることになった。

高層ビルの最上階にある、小じゃれた居酒屋で、夜景なんかをバックにお酒を飲むなんて、まるでデートみたいだった。
いつもの着物姿と違う、細身のスーツ姿の王子は、どんなモッズ系のバンドマンより素敵でまた見惚れてしまう、目が合わせられなくなってしまう。


ほろ酔いになった私の戯言を、カズヤさんは上手に聞いてくれる。

「そういうところ俺も好きだ。」
そんな聴きなれない言葉に、それは嘘だと心が拒否する。

「だから、そういうこと軽々しく言わないでくださいよ。」
この人はきっと、誰にでも好きだといえる人。私だけじゃない、きっと何人もの女性にそう言ってきたに違いない。
今までの事が走馬灯のようによみがえり、自然と涙が流れた。
最後には、私じゃない綺麗な女性が、いつも選ばれるのだから。

なんで今回は私なんだろう?何かのゲームなのかな?そういつもそうやって、私は男性にからかわれはするものの、本気で相手にしてくれる人なんていないんだ。

本気にしちゃだめだ…

なのに彼は、「ごめんな」といって涙を拭いてくれる、「本気だから」と呟いて、キスをしてくれる。


ああ、また夢の続きの中にいるんだと、ぼんやりと思いながら、私は振り向きもせずに帰ることしか出来なかった。
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