恋をしようよ
夢から覚めると、私は毎日仕事漬けの日常に戻っていた。

夏は特に大きなフェスが多い、音楽ライターとしては、色々なイベントで取材を繰り返さなければいかず、目の回るような忙しさだ。
特に、自社の主催のフェスティバルは、数日泊まり込みでほぼ全部見続けなければならないし、楽屋にも頻繁に出入りしなければならない。

私はまだ入社して四年目だから、インディーズバンドや小さいステージに出るバンドの担当に回された。

ほとんど顔見知りのバンドマン達、女子も増えたとはいえ、まだまだ男所帯のバンドばかりだ。

「なっちゃんこの前言ってた人とどうなったん?」

行きつけの中華屋でバイトもしている矢上さんが、気さくにいつも話しかけてくれる。
数少ないなんでも話せる男友達って感じの人。このフェスにも初日のトップにバンドで出演していたんだ。

「この前デートして、彼のうちにお呼ばれもしましたよ。」

話題を変えたくてさらっと返事をしたつもりだったけど、「ってことはやったんかい!」何て食いついてくるからどう答えていいかしどろもどろになる。

「でも大丈夫か?かなりのナンパ氏なんやろ?俺は心配やねん。」

こうやっていつも話を聞いてもらっていると、本当のお兄ちゃんみたいで安心するから、つい本音を漏らしてしまう。

「もう会わないから大丈夫ですよ。きっともうやったら終わりでしょうから。」

それだけ言葉にすると、涙が自然と潤んできて、頬を伝って落ちていた。

「なんでやねん、なっちゃんこんなに可愛いのになぁ!俺がそいつに言ってやるわ!」

矢上さんがいつものように、よしよしと頭を撫でてくれるから、その場で一通り泣いたあと、おごってやると言われて飲食ブースでとりカラとビールをもらい、やっと笑顔になれた気がした。

空を見上げると、真っ青に広がる青空にぽっかりと入道雲が浮んでいて、The夏というくらいの眩しいフェス日和だ。
次のステージは、私の一番好きなバンドで、いつものロックナイトで久地さんがヘビロテでかけているバンド。
一番メインの広々としたステージの楽屋裏に戻ると、私も雑用の手伝いもする。

「夏川!こっち手伝え!?」
ヤローばかりの先輩達に怒鳴られながらも、私はこの仕事にかかわれることに幸せを感じている。

さあ、LieWooのライヴが始まる…
この音楽に包まれていれば、あなたに抱かれているように幸せを感じられる。

大丈夫一人でも、きっとこの思い出さえあれば大丈夫と、何度も何度も言い聞かせながら。
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