against
傘もってないし。

しょげている理由を傘のせいにして、濡れた頭を抱く。

冷たい雨でも冷めない変な熱。

腕の隙間から見える俊也の横顔は、あの日のように濡れていて。

ぎゅっと唇を閉じていた。

「――しゅ……」

何を聞こうとしたかわからない私の唇。その唇が、珍しくポケットに入れっぱなしにしていた携帯電話のバイブレーションに阻まれる。

ポケットで震える携帯は、どんどん激しくなっていく気がする。

そんな訳ないのだけれど、早く出ろ!と急かされている気にはなる。

携帯ってどれくらい濡れたら壊れるんだろう。防水携帯とどれくらい違いがあるんだろう。

長く濡れてしまった横髪で携帯を隠すように、耳にあてる。

ディスプレイが濡れる前に通話ボタンを押した瞬間、ちらっと『綾菜』の文字だけ見えた。

『奈津美』と出ていたら私は何と言っていただろう。その前に通話していたんだろうか。

「もしもし」と綾菜と話はじめたのに、奈津美の事を考えていた。


< 104 / 163 >

この作品をシェア

pagetop