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私の耳は『何か音がしたな』程度の感覚しかなかった。

だってまさか隣のベンチまで『人』が来ていて気付かないなんて。

あるはずない。

でもその『音』に無意識に反応した体と目は、隣のベンチからこちらを見る『人』をしっかり捕らえていた。

そして、何か言葉が出る訳でもなく、とりあえず読んでいた雑誌に鞄を被せた。

反射神経?……にしては鈍すぎる。

腰が持ち上がらないんだもん。

逃げたい時に限って体って動いてくれない。

ここにいる私を見られた。

初めての体験は、驚くのも忘れ『恐怖』しかなかった。

心地よい風が吹くこの場所で、熱くもないのに変な汗が出る。

じっとり濡れた掌は力も入らない。


「あのさ」

耳に入ってくる『言葉』を聞きたくない。

それでも聞こえてくる『言葉』に、男という事をぼんやり確認する。


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