against
恐さを通り越して訳がわからなくなってきた。

何だか泣きたい。

「何ビビってんの? 俺、別にあやしい奴じゃねぇよ」

十分すぎるほどあやしいよ。何者だよ。

恐くなって悲しくなって……今はこの男が誰なのか確かめたがっている。

あっちこちに飛んでいく思考に自分でもついていけない。

さっきまでの穏やかで、気持ちのいい呼吸が嘘のよう。

「あのさ……昨日もここに来た?」

「え?」

思考についていけなくなった自分は、自分の出す言葉にさえついていけなくて。
これは自分が出した声なのだろうかと、いちいち考えてしまう。

昨日……?

何て思う暇もなく、言葉と一緒に男を見ていた事にもビックリだ。

男を見ている私の目は、昨日の光景を映し出す。

いろんな感覚が麻痺しているようで、自分をさらけ出し、この『男』を昨日見た『誰か』と照らし合わせていた。
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