外ではクールな弁護士も家では新妻といちゃいちゃしたい
その声で、私はハッと我に返る。
反射的に自分の膝の先に目を遣り、そこに漆塗りの木製茶器が置かれているのを見つけた。
中身は、細かい泡が立った鮮やかな緑色の抹茶。


勢いよく顔を上げた。
私の斜め前に姿勢良く正座する和服姿の藤悟さんが、湯気が立つ茶釜に柄杓を向けている。
普段、日常生活ではあまり目にする機会のない、『和』の仕草がどこか妖艶で、私の胸が一瞬ドキッと音を立てて跳ね上がった。


そのタイミングで、彼が私に斜めの角度から視線を向けてきた。
呆けている私に気付き、ふっと口元に笑みを浮かべる。


「どうしたの? 七瀬さん。作法なんかどうでもいいから、まずは普通に味わってごらん」


そう言われて、私は慌てて藤悟さんから目を逸らした。


「す、すみません」


ちょっと上擦った声で取り繕い、膝の先の茶器を両手で掬うように持ち上げる。


「なんか、藤悟さんがお茶を点てるの眺めてたら、ふわ~っとしてきちゃって」


はは、と笑い声を続けて、茶器を口に運ぼうとした。
そして、一言付け加える。


「あ。眠くなったわけじゃないです」


それには、優雅な和装の貴公子が、口元を手で隠してぶぶっと吹き出した。
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