扉の向こうはいつも雨
 誰もが憧れる春日部蒼太は蒼様と呼ばれていた。
 職場にいる雲の上の存在。

 春日部がビルのエントランスを歩くだけで女性の悲鳴が上がる。

「目見麗しい蒼様を一目拝見できて……。」

 仲良しの美咲が感激して、両手を拝むように胸の前で組む。
 こんな人はザラにいて、この会社では普通の出来事だった。

 桃香も春日部に憧れている中の一人だ。

 憧れるだけならいいよね……。

 春日部は温和な笑顔と物腰の柔らかい雰囲気を醸し出し、見る者を魅了する。
 それでいて仕事は群を抜いていた。
 家柄もよく、生まれながらにしてお金持ちらしい。

 欠点があるのなら誰か教えて欲しいくらいだ。

 ただ……。
 桃香が春日部を気にしているのは別の理由もあった。

 たまに見せる物悲しそうな表情。
 大きな何かを背負って生きている陰のようなものを感じるのだ。

 それはただの桃香の思い過ごしで、ともすれば願望なだけなのだろうけれど。

 家柄のことで言えば桃香も古くからある名家の娘だ。
 顔も知らない婚約者がいるくらい古いしきたりがある。

 表向きは婚約者がいる。
 そう表向きは。

 自分の逃げられないおぞましい生い立ちを、この誰にも言えない辛さを、密やかに共有してくれる人がいたならば……。
 その人が蒼様だったのなら……。

 ただそう思いたくて春日部は陰を背負っているかもしれないと、自分と同じかもしれないという願望を持ってしまうのかもしれない。



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