扉の向こうはいつも雨
 桃香は1人部屋に残された。
 しんと静かになった部屋は近くに誰かが生活している物音も消え、残酷な静けさを纏う。

 宗一郎が出ていき、閉められた扉。
 それは近くなったと思えていた心の距離を表しているみたいだった。

 食糧に与える為の食糧。
 何も出来ない自分。
 本来の食糧としての役目も全う出来ない自分はひどく惨めで滑稽だった。


 柔らかい眼差しに気づき、目をこする。

「ただいま。」

「……おかえりなさい。」

 宗一郎を待つ間に寝てしまったみたいだ。
 微笑まれて僅かに安堵する。

 両眼に射抜かれれば死を意味する眼差しも、いつしか愛情を確かめる行為へと変わっていた。

 けれど……。
 確認したはずの愛情が遠い。

「何か飲むかい?
 ホットミルクかな?」

 優しく問われて小さく頷いた。

 キッチンへと向かう宗一郎に物理的にも心理的にも距離を感じて、自分の体を抱きかかえるように小さくうずくまった。

 コンタクトをした春日部の姿の宗一郎はどこか遠くに感じた。

 自分はどこかで思っていたのかもしれない。

 生け贄として差し出される自分はいらない子で、やはり本当は人間を食べたくない宗一郎もどこか居場所がなくて。
 だから2人はお互いに自分の居場所を求めているのだと。

 だから愛情を求めて側に自分を置くのだと。
 例えそれが偽りだとしても。

 けれど宗一郎はコンタクトさえすれば普通に生活が出来る、とてもしっかりとした人だった。
 自分のちっぽけな存在など……。

 そもそも人間を食べたくないと思っているのも思い過ごしで、居場所を求めているのも違ったのだ。
 全て自分がいいように思い込んでいただけ。
 情けなくて居た堪れなかった。

 再び視線を感じてハッと顔を上げると宗一郎が見つめていた。

「どうしたの?帰ってきたのに。
 桃ちゃんに泣かれるとどうしていいのか困る。」

 言われて初めて泣いることに気づいた。
 はらはらと流れて落ちる涙は止め方が分からなくて嗚咽も交えて出ていく一方だった。

「我慢しなくていいよ。
 桃ちゃんは……今まで我慢し過ぎてきたんじゃないかな。」

 宗一郎の言葉は抑えていたものを決壊させるには十分だった。
 抱えていた膝に顔をうずめ、声を上げて泣いた。
 思えば声を上げて泣くなんてもうずっとしていなかった。



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