扉の向こうはいつも雨
9.再確認する立場
目を開けると暗闇だった。
どこまでも暗い静けさの中で荒い息遣いが聞こえた。
急いで体を起こすと何も言わずに側にいてくれた宗一郎の体調が急変していた。
ものすごく苦しそうだ。
急いで塚田先生を呼ばなきゃ。
立ち上がろうとした桃香の腕を宗一郎がつかんだ。
思いのほか力強く抗えない力に体を固くした。
生け贄としての忘れていた本能を思い出して喉がカラカラに乾いていく。
穏やかで柔らかな、自分の居場所とまで思い始めていた微笑みが急に白々しくさえ感じた。
「涼司を呼ぶつもりかな?
大丈夫。久しぶりに出かけた知恵熱みたいなものだよ。」
生け贄の本能などと今は恐怖を思い出している場合じゃない。
知恵熱なんてそんな可愛いものじゃない気がした。
辛そうに上下する肩に荒い息遣い。
何も言わない桃香に宗一郎は言葉を重ねた。
「呼ばなくていいから。
桃ちゃんにいて欲しいんだ。
うつっちゃうかな。うつったらゴメン。」
確かに恐怖は拭い去れなくて、けれどそれは心配する気持ちと混在していた。
つかまれた手を振り払えない。
寝たら隙を見て電話をしよう。
心配しつつも宗一郎の寂しそうな顔を見て放っておけなかった。
虚ろな目の宗一郎につかんでいた腕を引かれ、その手を宗一郎の頬に添えられた。
今まで無闇やたらに触れなかったのは生け贄としての自分に配慮してくれていたのかもしれない。
恐怖が背後から音もなく近づいてくる。
それは毎年植えつけられた逃れられない宿命。
「桃ちゃんはひんやりして気持ちいいね。」
「宗一郎さんの熱が高いんです。」
「食べたくなっちゃうなぁ。
桃ちゃんのこと。」
薄く感じていた恐怖をはっきりと目の当たりにして、観念する心と向き合って小さく頷いた。
「いいですよ。こんなに体調がつらくなるのが頻繁にあるなんて……。
食べた方がいいに決まってる。」
「……うん。そうかもね。」
ハァハァという息遣いだけ響く部屋の中。
待っているだけの恐怖は気持ち悪くて、自分から行動を起こした。
荒い息遣いをする唇に自分の唇を重ねる。
それは愛情からのキスではなく儀式の口づけ。
恐怖を感じつつも、毎年のお味見の時よりカサついた唇に胸が痛くなった。
「……本当にいいの?きっと痛いよ?」
「……うん。宗一郎さんならいい。」
速まる鼓動と震えていく体を宗一郎に気づかれないように自分の掌に爪を立て、頬の内側を噛んだ。
じんわり血の味が口の中に広がっていく。
「僕のこと愛してくれたの?」
桃香が言ったことを持ち出して、宗一郎は少し茶化したように言った。
怖ろしいはずなのに、最後に宗一郎の顔を見ておきたくて前を向いた。
濃いブラウンのままの瞳をとらえて、最後になるであろう言葉を発した。
「うん。………愛してる。」
どこまでも暗い静けさの中で荒い息遣いが聞こえた。
急いで体を起こすと何も言わずに側にいてくれた宗一郎の体調が急変していた。
ものすごく苦しそうだ。
急いで塚田先生を呼ばなきゃ。
立ち上がろうとした桃香の腕を宗一郎がつかんだ。
思いのほか力強く抗えない力に体を固くした。
生け贄としての忘れていた本能を思い出して喉がカラカラに乾いていく。
穏やかで柔らかな、自分の居場所とまで思い始めていた微笑みが急に白々しくさえ感じた。
「涼司を呼ぶつもりかな?
大丈夫。久しぶりに出かけた知恵熱みたいなものだよ。」
生け贄の本能などと今は恐怖を思い出している場合じゃない。
知恵熱なんてそんな可愛いものじゃない気がした。
辛そうに上下する肩に荒い息遣い。
何も言わない桃香に宗一郎は言葉を重ねた。
「呼ばなくていいから。
桃ちゃんにいて欲しいんだ。
うつっちゃうかな。うつったらゴメン。」
確かに恐怖は拭い去れなくて、けれどそれは心配する気持ちと混在していた。
つかまれた手を振り払えない。
寝たら隙を見て電話をしよう。
心配しつつも宗一郎の寂しそうな顔を見て放っておけなかった。
虚ろな目の宗一郎につかんでいた腕を引かれ、その手を宗一郎の頬に添えられた。
今まで無闇やたらに触れなかったのは生け贄としての自分に配慮してくれていたのかもしれない。
恐怖が背後から音もなく近づいてくる。
それは毎年植えつけられた逃れられない宿命。
「桃ちゃんはひんやりして気持ちいいね。」
「宗一郎さんの熱が高いんです。」
「食べたくなっちゃうなぁ。
桃ちゃんのこと。」
薄く感じていた恐怖をはっきりと目の当たりにして、観念する心と向き合って小さく頷いた。
「いいですよ。こんなに体調がつらくなるのが頻繁にあるなんて……。
食べた方がいいに決まってる。」
「……うん。そうかもね。」
ハァハァという息遣いだけ響く部屋の中。
待っているだけの恐怖は気持ち悪くて、自分から行動を起こした。
荒い息遣いをする唇に自分の唇を重ねる。
それは愛情からのキスではなく儀式の口づけ。
恐怖を感じつつも、毎年のお味見の時よりカサついた唇に胸が痛くなった。
「……本当にいいの?きっと痛いよ?」
「……うん。宗一郎さんならいい。」
速まる鼓動と震えていく体を宗一郎に気づかれないように自分の掌に爪を立て、頬の内側を噛んだ。
じんわり血の味が口の中に広がっていく。
「僕のこと愛してくれたの?」
桃香が言ったことを持ち出して、宗一郎は少し茶化したように言った。
怖ろしいはずなのに、最後に宗一郎の顔を見ておきたくて前を向いた。
濃いブラウンのままの瞳をとらえて、最後になるであろう言葉を発した。
「うん。………愛してる。」