扉の向こうはいつも雨
11.扉の向こう側
 とっさに追いかけようとした桃香を塚田が制止した。

「追いかけるつもりか?やめておけ。
 これはあいつが乗り越えなければならないことだ。」

 首を振ってなおも追いかけようとする桃香に深いため息を吐いた塚田が語尾を強めた。

「自分の意思に反して奥さんを傷つけたと知ったら、あいつはどう思うか考えたことがあるか?」

 意思に反して傷つけた……というのが昨日のことだとするのならそれは違う。

 確かに咬まれた時は朦朧としているみたいだった。
 しかし本人に「食べたい」と言われた時には意識はあった。
 意思に反してはいない。

 腑に落ちない顔をしていたようで塚田は違う側面から話し始めた。

「人間を食べて弱い体が強くなるのなら苦労しない。
 それは医者の俺が保証する。
 現に、宗一郎は人間を食わずとも抗生剤と栄養なんかを点滴すればすぐに動けるようになる。」

 そうか。それで宗一郎さんはこの人が来た後は元気になっていたんだ。

 少しだけ納得した桃香に塚田は呆れたように言った。

「だいたい雑食の人間なんぞ食ってうまいもんじゃないだろ。」

 普通のことを話すような口ぶりの塚田をマジマジと見つめる。

「食べたこと……あるんですか?」

「一般論だ。」

 この人なら海外のどこかで後学の為にとかの理由をつけて食べたことくらいありそうだ。
 そのくらいこの塚田涼司という男は医師なのに得体が知れない。

 宗一郎だって得体の知れないはずなのに宗一郎の方に心許していた自分がいた。
 心を許していたから今の状況に陥っているのだけれど。




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