きみが赤を手離すとき。


「……広瀬?」

先輩が私の顔を覗きこむ。


おかしいよ。だって、ただの後輩ならこんな風に先輩の前で余裕なく泣きそうになったりしない。

もう限界だ。

先輩と昼休みを過ごせるだけで十分なんて、嘘だよ。


本当はそれ以外の時間も一緒にいたいし、先輩と後輩じゃなくて、彼氏と彼女になりたくて仕方がなかった。

こんな可愛げがない私でも、そう思っちゃうぐらい先輩のこと、好きになりすぎた。


「先輩、ごめんなさい」

私はそう言って頭を下げる。


「私、先輩にずっと嘘ついてました。本当はトマト苦手なんです」


先輩と同じくらい、あのブニュとした食感が嫌いだし、匂いも青臭くて今までずっと避けていた。

でも、先輩に近づきたくて、なんとか一緒にいる時間がほしくて、ずっとトマトなんかで繋ぎ止めてた。


「だから、明日から別の人に食べてもらってください」

先輩の前では泣かなかった。

でも美術室を出たあと、廊下を曲がって死角になっている階段下にたどり着いた瞬間、子どもみたいに泣いた。


こうなる前に、私の気持ちに歯止めが効くうちに先輩がトマトを食べられるようになればよかったんだ。でも全然そうならないから。

ズルズルと片想いが苦しいだけの昼休みがこれからも来るのなら、私から終わりにするしかないじゃない。

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