お見合い相手は俺様専務!?(仮)新婚生活はじめます
見合いから逃げたのに
◇◇◇
つまらないお坊っちゃまとの見合いは、もう勘弁してほしい……。
八月のよく晴れた日曜日、私は都内の一流ホテルに来ている。
三階にある美容室で、涼やかな水色の振袖に着替え、肩下までの黒髪を美しく結い上げられたらそこを出て、藍色の絨毯敷きの廊下を進む。
私が逃げないようにと、両脇は両親に固められていた。
「莉子(りこ)、そんなに嫌そうな顔をするんじゃない。二十六の娘らしく、愛らしい笑顔を作るんだ」と叱ったのは、私の右腕を捕らえている父だ。
下ろしたての紺色のスーツをビシッと着込んでいるため、脂肪の蓄積されたお腹も、貫禄と思えなくもない。
さすがは創業百八十年の歴史を持つ静岡の老舗会社、『織部(おりべ)茶問屋』の社長だと言われそうな雰囲気も醸し出しているが、その実、経営は傾いて今にも潰れそうである。
「そうよ、莉子」と父に賛同するのは、私の左腕を捕らえている母だ。
「あなたは由緒正しき織部家の娘なんだから、もっと上品に優雅に振る舞ってちょうだい。小さい頃から躾たんですもの、やればできるはずでしょう?」
我が家が金持ちであったのは、遠い昔のことなのに、まだ特権階級にいるような感覚から抜け出せずにいる母は、初めて見る若草色の色留袖を着ている。