お見合い相手は俺様専務!?(仮)新婚生活はじめます
その名の通り焼き芋味で、初めて口に入れた時は戸惑ったが、舐めていると個性的でソフトな甘みが癖になる。

手ぶらで逃げ出してしまったので、今お礼に渡せるものはこれしかなく、「あげます」と彼の手に強引に握らせると、背を向けた。


「それでは、私はこれで」


無口な彼を残して歩き出した私だが、注意事項を伝えるのを忘れていたと気づき、顔だけ振り向いて言葉を付け足す。


「その飴、私の勤務先の新商品なんですけど、発売前なので本当は他人にあげてはいけないんです。SNSに載せないでくださいね」


彼は依然、不機嫌そうな顔つきで、私ではなく手のひらの飴を睨んでいた。

貴重な発売前のものでも、やっぱり飴玉一個じゃお礼にはならないか……と思ったが、二度と会うことはないだろうし、彼の機嫌についてはそれ以上気にしないことにして、「さよなら」と別れを告げる。


路地を出る前に通りに顔だけ覗かせて、注意深く辺りを見回しても、両親の姿はない。

どこか別の場所を探しているようだ。


さて、タクシーを拾って、ひとり暮らしのアパートに帰ろうか。


財布がないので電車やバスには乗れないけれど、玄関ドアの脇に置いてあるサボテンの鉢植えの中にスペアキーを隠しているから、家には入れる。

帰ったら、この重苦しい振袖を脱ぎ捨てて、趣味に没頭しよう。

日曜日は休息や娯楽に時間を費やすもので、意味のない見合いに煩わされるべきではないのだ。

私は少しも悪くない。


清々しい気分で空を仰げば、心が弾みだす。

ギラギラと照りつける夏の日差しに、通りを歩く人々は疲れた顔をしていても、私だけは笑顔で、羽が生えたように足取りは軽やかだった。



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