春は僕らを攫う
廊下はHR中ということもあり、歩いている人は誰もいなく静寂に包まれていた。
窓からは陽の光が降り注いでいる。かすかに遠くからHRを行なっている声がする。
そんな空間を佐久間先生と歩く。なんだか少し気まずい。
佐久間先生はそれに耐えかねたのか教師だからということなのか口を開いた。
「高瀬…佳くん、だよね?」
「あ、はい」
驚いた。もう名前を知ってくれているのか。
副担任であっても覚えようとしてくれてたのか。
「先生すごいですね。もしかしてもうクラスの生徒覚えたんですか?」
「うーん、覚えれたかはわからないけど…努力はしたよ。」
そう言うとフッと笑った。HRの時の挨拶とは違う。営業スマイルじゃない。
今の笑みはなんだか温かい。
「高瀬くんは新聞委員会に所属してるんだよね?」
「はい、そうです」
そんなことまで覚えてるんだ。もしかしたら結構生徒想いの先生なのだろうか。
「実は新聞委員の担当の先生になったんだ。よろしくね。」
「あ、そうなんですか。よろしくお願いします。」
少し意外だが国語を教えているから新聞委員会なのかな。
去年までの担当の先生は理科の先生だったけど、委員会の活動にはあまり顔を出していなかった気がする。三月の活動の時に今年も新聞委員会の担当になると言っていたから、
二人で担当なのだろうか。
佐久間先生との会話が途絶えた。職員室までもう少しなのだが、
微妙な距離で会話がないと気まずい。なにか会話をした方がいいかな。
「そういえば先生は今年異動して来たんですよね。去年までどこの学校にいたんですか?」
時が止まった。階段を降りかけた僕はそれに似たような感覚におそわれて、
先生の方を振り向いた。ぎょっとした。まるで石にされたみたいに固まっている。
呼吸してるのかさえわからない。先生の瞳はどこか遠くを見ている。
「え、先生?」
僕の声にハッとしたように先生は我に帰る。時が動き出す。
僕はもしかしたら何かダメなことでも聞いてしまったのかな。
「去年は、八重里中にいたよ。」
「そうなんですね、確か野球部強いですよね。」
その中学は聞いたことがある。僕は小学校まで地元の野球チームに所属していたから
そういう情報には敏感な方だ。野球をやめた今はあまり興味は無いけれど…。
そんなことを話していると職員室前に着いた。
先生が先頭になって入っていき、それに僕も続く。
しかしさっきのはなんだったのだろうか。もしかしたら前の学校で問題を起こしてしまったとか。
嫌な思い出があるのか。とりあえず聞かない方よかったかな。
いや、でももしかしたら気のせいなのかも。