春は僕らを攫う
職員室へ入った佐久間先生は竹田先生の机へと向かう。竹田先生の机には生徒に配布する予定の資料が置かれていた。忘れっぽいのだろうか。
佐久間先生はそれらの紙を確認して手に取る。そして机の下にはダンボールの上に真新しい教科書が置かれていた。進路について書かれた教科書だった。
クラスには三十人いるけど三十冊持つのは気がひけるな。
教科書は佐久間先生と半分に分けることにした。
今度は僕が先頭になって職員室を出ようとすると佐久間先生が「あっ」と小さく呟いた。
「ごめん、他にも持って行くものがあるから高瀬くん先に行っててくれるかな。」
「それならその配布する紙、僕が持って行っていきますよ。」
僕は佐久間先生が抱えている教科書の上にある三部の紙を目で合図した。
「じゃあお願いするよ。よろしくね。」
佐久間先生はそう言うと僕の抱えている教科書のうえに3部の紙を乗せ、職員室の奥の部屋へと消えた。僕も職員室を後にする。
教科書を抱えて今来た廊下を一人で歩く。遠くからは各教室からかすかに声がする。
窓からは白い日差しが差し込み、白い壁と廊下をより一層輝かせる。こんな景色を見るとなんだか澄んだ気持ちになる。平和に感じる。そんなことを思いながら廊下を歩く。
曲がり角にさしかかった時、ドンっと体が何かと当たった。女の子だ。
そのぶつかった衝撃は意外と強く、僕はバランスを崩す。持っていた紙が教科書の上から落ちてしまう。しまった。しかし両腕で教科書を持っている僕には何の抵抗もできない。教科書が数冊落ちてしまい、紙が何十枚か空中に舞った。
やってしまった。僕はバランスを崩して思わず座り込んでしまっていた。
目の前にはひらひらと舞い落ちる紙。その向こうには少し驚いた表情の女の子が座り込んでいた。
その瞳はまっすぐ僕を見つめている。はっきり言って美人だ。白い肌は白い壁と廊下のせいかより一層白く見える。まるで陶器みたい。長いまつ毛と黒く長い髪。まるで絵に描いたような人だな、と思う。
それは一瞬のことだったのだろうが、スローモーションのように見えていた。
空中に舞った最後の一枚が床に落ちたのと同時にそれは解け、僕は我に帰る。
「すいません、よそ見してました。」
「……いえ。…こちらこそ。」
女の子は小さく呟く。女の子は少し動揺しているようだ。
この子もHRの途中で教室を抜けて来たのだろうか。
この時間に廊下を歩く人なんていないと思っていたけど、この子も僕と同じことを思っていたのだろうか。