ヴァンパイア兄弟は奪い合いの真っ最中。
____ピンポンパンポーン__。

『蓮見 琴子。至急校舎2階4-B教室へ。』

お昼休み、給食を食べ終わり明日香ちゃんとお喋りしていた私の耳に届いた校内放送。
少なくとも今まで呼び出されて良い思い出は無いので不安気な表情をしてしまう。

「この声…九条先生じゃない?」

「えぇ!?……私何かしたかなぁ。」

「あんたノート移す時、先生に見惚れてたじゃん。ボーッとすんなって怒られるんじゃない?」

からかうように笑う明日香ちゃんは、やはり他人事なので楽しそう。

うぅ…なんで私だけ……。

「行って来ます…」

「おーう、行ってこい!怒られて来い!」

嬉々として私の背中を見送りブンブンと腕を振っている。

明日香ちゃんってSなのかな……。

重たい足取りで隣の棟へ移動し2階へ上がる。
こちらの棟へはなぜかあまり生徒が寄り付かない。
昼休みだと言うのに驚く程に静かで、グラウンドや他の棟の喧騒が微かに聞こえるのみだった。
指定された教室のドアを開けると、窓辺に寄り掛かる九条先生の姿があった。
何かの資料をパラパラと捲りながら、昼下がりの爽やかな風に吹かれている。その表情は心なしか、授業中のものよりも優しく見えた。

「あの、九条先生…蓮見です。」

邪魔をしてしまうかと思ったが呼ばれたのは私。おずおずと声を掛けると、視線だけがこちらへ向けられ、途端に鋭い目付きへと変わった。

「…郁と綾永が、迷惑をかけているようだな。」

資料をトントンと軽く机で整えつつ告げる先生の声は落ち着いていて、程良い低音が耳に心地良い。

「あ、いえ。迷惑なんて全然!
兄弟なんですよね。私今日初めて知って…。随分人気なんですね。なんだか分かるような気がします。」

ドギマギしながら首を左右に振って否定をする。
先生の顔を見るのは、2人きりの空間だからかなんだか恥ずかしい。
目線を先生の足元に落としつつはにかむと、愛想笑いや謙遜をするでも無く先生は言葉を続けた。

「蓮見は、あの2人をどう思う。」

「えっ…」

突拍子の無い質問に気の抜けた返事をする。
どう思うも何も…まだ会って数日だし…

「ええっと…頼りになるというか…お兄ちゃんみたいな感じ?ですかね。」

なんと言えばいいか分からず無難な返答をした。
すると先生は、小さく笑い出した。

「随分2人共呑気にしているものだな。
手の早い郁さえ兄扱いか。」

自身の顎に手を添えて2人をからかう先生。
正直、私がどう思っていようと先生には何も関係が無いはず。
質問の真意が知りたくて、私は口を開いた。

「九条先生は何が知りたいんですか。あの2人が私にどう接しようと先生には関係なっ…!!」

ムッとしつつ問い詰めようとした瞬間、2m程あった先生との距離が瞬きの間に縮まり、気付けば首を掴まれていた。

「随分生意気な物言いだな、お前で無ければ首をへし折るところだ。……あぁ、白くて細い首だな。力を入れればすぐに壊れそうだ。」

先生は片手なのに両手を使って振り解こうとしてもビクともしない。
ギリギリと縛る首が苦しくて息が絶え絶えしくなる。

「ッ…ぁ、たすけっ…」

誰も居ない、静かな棟。私の消え入るような声なんて誰にも聞こえない。

死んじゃうのかな…。

自然と視界が滲み、頭もボーッとしてきた。

「…く…じょ……う、せん…せ……ッ。」

締められる喉から微かに名前を呼ぶ。
すると先生が、僅かに顔色を変えたような気がした。




「忠臣!」

「抜け駆けは駄目って言ったでしょ!…てか、抜け駆けどころか心中するのかな?」





突然聞こえた、綾永君と郁君の声。
安心感と共に瞳を閉じたと同時に、私の身体は崩れた積み木のように地面へと無造作に倒れた。

「なんだ、遅かったな。もう少しで決着がついたのにな。」

開放された喉から吸い込む空気にむせ返り大きく咳き込む。
そんな私の身体を支えてくれたのは郁君だった。

「ごめんね、あいつあぁ見えて暴君っつうか……人間嫌いなんだ。怖かったね。」

苦笑して私を見下ろす郁君の顔と優しく私を包む腕に、安堵でポロポロと涙が溢れてしまう。

「綾永、ナイト気取りも良いが、俺に出し抜かれているようでは先が思いやられるな?」

先生は悪びれる様子も無く飄々としている。

綾永君は、幾度か言葉を発しようとするも懸命に飲み込んでいる様子だった。

「ねぇ忠臣、この子が死んじゃうのはルール違反だよ。僕は、そんなこと絶対に許さない。」

いつも優しい声色の郁君の声に、緊張感が滲む。

「お前がここまで行動したんだ。もう隠す必要も無いし、琴子を不安にさせるだけだ。」

「真実を伝えれば恐れられるだけだぞ?」

口を閉ざしていた綾永君の、絞り出したような言葉、目を細め、覚悟を確認するような九条先生の視線。

涙を拭う私を見詰めた綾永君の表情は、胸が締め付けられる程切ない表情をしていた。
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