オオカミ弁護士の餌食になりました

 定時を一時間過ぎたところで、一通りの書類作成に区切りがついた。パソコンをオフにし、電気が点いているデータルームの扉をノックする。

「先生、私はそろそろ帰りますが、まだ残られますか」

 香坂さんはデスクに着いて書類と睨み合っていた。顔を上げると、わずかに表情を崩す。

「ああ。もう少しやっていくよ」

「コーヒーでも淹れましょうか?」

「お願いしようかな」

「承知しました」

 退室し、私は息をつく。

 頬が緩まないように表情筋に力を入れ、声も不自然に高くならないようにあえて冷めた口調にした。

 会社で香坂さんと接すると、高揚しようとする気持ちを抑えるのが大変だ。


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