SKETCH BOOK



橙輝はいつの間にかつけていた
ウエストポーチの中からコームを出し、


静かにあたしの髪に触れた。


慣れた手つきで髪を梳いていく。


ゴムで髪をまとめ上げ、
一つ一つ丁寧に作業していく。


人に髪を触られるのは気持ちいい。


そのまま寝そうになりながら
じっと鏡を見つめると、


次第に瞼が下がってきた。


ああ、橙輝が近くにいる。


橙輝の匂いがする。


その心地よさに蕩けてしまう。


気づくと橙輝があたしの肩をトンと叩いて、
「出来た」と一言言った。


「わあ……」



目を開けるとそこには、
見違えるほど綺麗になった自分がいた。


こんな自分見たことがない。


ぱっと橙輝を振り返ると、
橙輝は小さく笑ってあたしを見た。


「デートだろ。楽しんで来いよ」


「う、うん。ありがとう」


なんだか恥ずかしくて、ぱっと顔を逸らした。


しばらく静寂があたしと橙輝を包む。


この空気が居た堪れなくてしょうがない。


何か言わないと。


でも、なんて言っていいか分からない。


橙輝はそもそも、機嫌が悪かったんじゃないの?


全然あたしとも喋ってくれなかったのに、
いきなり部屋に来てこんなことしてくれるなんて……。


あたしも橙輝の態度にイライラして
怒っていたはずなのに。


あたしは単純だ。


こんなことでどうでもよくなってしまうなんて。


「松田は、いいやつだろ」


「え?ああ、うん」


「きっとあいつなら百瀬のこと、
 大事にしてくれるはずだからさ」


「……うん」


「早く行ってこいよ。遅れるなよ?」


「分かってるよ!」



橙輝はパパみたいに柔らかく笑うと、
満足そうに部屋を出て行った。


しんと静まり返る部屋で息を潜める。


隣の壁越しに、橙輝の存在を確認する。


また、何事もなかったかのように
振る舞ってくれるのかな。


また、絵を描いているのかな。


麻美さんの絵を。






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