SKETCH BOOK




頭をかいて照れ臭そうに目を逸らす橙輝が
なんだか可愛くて、つい笑ってしまった。


笑うなよと、橙輝があたしの頭を小突いた。


「人前でそのこと言うの、禁止な。昔のことだ」


「なんでー?浩平が
 聴かせてくれるって言ってたもん」


「あいつ……とにかくだめだ」


「ケチ」


「ケチとはなんだよ」


むぅっと口を膨らませると、橙輝が笑った。


パパみたいに柔らかく。


最近この顔をたまに見かける。


やっと心を開いてきてくれたのかな。


「とにかく楽しめて良かったな。
 じゃ、また夕飯の時に」


「えっ?それだけ?」


「ああ」



わざわざあたしの部屋に来たのは
その話をするためだけ?


橙輝はヒラヒラと手を振って部屋を出て行った。


一人になると部屋の中に静寂が走る。


着替えるために部屋着を取り出して
鏡の前に立った。


もう、おしまいかぁ。


魔法にかけられたシンデレラみたい。


あたしの場合、魔法が解ける前に
王子様が手を取ってくれたけど。



部屋着に着替えてベッドに身を投げる。


ケータイの画面を見つめて微笑んだ。


帰り際に交換した浩平の番号を眺めると
自然と笑みがこぼれてくる。


これから楽しいことがいっぱい待っているような気がするの。


きっと浩平とならなんだって楽しいと思う。


そう思えるってことはあたしはきっともう、
だいぶ変わってきているんじゃないかな。


これなら忘れられる。


この気持ちもきっとなくなっていく。


そうなればあたしは幸せになれる。


そう思うとなんだか嬉しくてたまらなかった。




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