SKETCH BOOK





いつの間にこんなに走ったんだろう。


肩で息をして、砂浜に立つ。


橙輝が、初めてあたしに
心を開いてくれた場所。


橙輝が、初めて麻美さんとの
過去を打ち明けてくれた場所。


そして、あたしにお父さんと
向き合う勇気をくれた場所でもある。


何故かここに来てしまった。


雨のせいで今日の海はどんよりとしている。


少し肌寒い中、靴を脱いで数歩前に出た。


引き際の波があたしの足元を攫っていく。


ざあざあ降りしきる雨は、
今のあたしにはちょうどよかった。


ここなら大丈夫。


ここなら、思い切り泣ける。



「……う、うわあぁん!」



ただ、悲しかった。


麻美さんという、絶対的な存在。


死してもなお橙輝に思われている女の人。


それに比べてあたしは、
麻美さんのような性格ではないし、


いいところなんて一つもない。


どうしたって、太刀打ち出来ない。


麻美さんが、羨ましい。


こんなことなら話なんて聞くんじゃなかった。


知らなければよかったのに。


知らなければどんなによかったか。


でも、麻美さんの話を聞かなかったら
あたしは、きっとあたしのこの気持ちには
気付かなかったんだろうなとも思う。


複雑な思い。


頭の中はもうぐちゃぐちゃで、大声で泣いた。


泣いて、泣いて、泣きじゃくった。


あたしの初恋は、思いを告げる前に
失恋してしまったんだ。


それを認めたくなくて、
それでもそれが現実なんだということを


改めて痛感し、胸が苦しくなった。


これから一週間も橙輝と二人きりなんて
出来そうもない。


だって、あたしは橙輝を
思い切り傷つけたんだから。



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