SKETCH BOOK



曇天は続いた。


さっきよりも強く雨が降ってきた。


天を仰ぐと、大きな雨粒が
頬や額に落ちてくる。


目を閉じて雨の音だけを聞いていた。


ざあざあ、ざあざあ、雨に打たれる。


そのまま目を閉じていると、
ふと、顔の上に雨粒が降りてこなくなる。


目を開けてみると、ビニール傘が見えた。


「お前、探したんだぞ!」



その声に、あたしは後ろを振り返った。


その先には息を切らした橙輝が
傘を差しだして立っていた。


「なんで……」


「馬鹿!なんでじゃないだろ!
 すっげぇ心配したんだぞ!」



橙輝はあたしのおでこを小突いて言った。


心配してくれたの?


あんなにひどいこと言ったのに?




傘に当たる雨の音が心地いい。


ざわついていた心が穏やかになっていく。


橙輝は手に持っていたタオルを
あたしの頭の上に乗せた。


着ていた上着をあたしの肩に羽織らせて、
傘を突き出してくる。


大降りの雨のせいで、みるみるうちに
橙輝が濡れていく。


そんなこともお構いなしに、
橙輝はあたしの心配をしてくれていた。


「家に戻るぞ」


「橙輝……」


「話は後。乗れ」



橙輝はそう言ってあたしに背中を向けた。


何?


背負ってくれるの?


でも、そんなことしたら重いし……。


躊躇っていると橙輝はあたしのほうを振り返った。


「乗れよ」


「う、うん……」



橙輝の背中に身を預けると、
橙輝は勢いよく立ち上がった。


そして家までの道のりを歩き出す。


絶対に重いはずなのに、何も言わずに
あたしを背負っていた。


橙輝の背中がこんなにも大きくて、
こんなにも温かいことを初めて知った。


滴り落ちる雨粒が妖艶で、
橙輝の首筋ばかりを見ていた。


何も話さず、しんとしているのに、
傘に当たる雨の音だけがあたしを包んでいて、


いつの間にか寝てしまっていた。




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