SKETCH BOOK



夢の中、あたしは泣いていた。


なんで?


どうして泣いているの?


あたしの視線の先には
橙輝と麻美さんの影が見えていた。


待って。


置いていかないで。


あたしを見て。


あたしは、ちゃんとここにいるのに。


麻美さんなんかよりもずっと、
こんなに近くにいるのに。


泣いて、泣いて、
ただひたすら泣き続けている、そんな夢だった。


起きたらあたしは、どうなってしまうの?


起きたら何かが変わっている?


橙輝があたしをその眸に
映してくれることなんか絶対にないと知りながら、


それでも願わずにはいられないの。


どうか、どうかその眸の奥に、
ほんの少しでもいいからあたしを映して。


あたしだけを見て。


ねえ、橙輝……。








「……ん」


ぼうっと目を開ける。


起き上がるとそこはあたしの部屋だった。


きちんとパジャマを着ている。


濡れていたはずの髪は乾いていて、
今朝となんら変わらない部屋の中にいた。


立ち上がって扉に手をかけた時、
ガチャっと玄関が開いた音がした。


それとともに、ざあざあと
強い雨音が耳につく。


ガサガサと袋の擦れる音がして、
ああ、橙輝だと思った。


トントンと静かに階段を降りてリビングに行くと、
冷蔵庫の傍でしゃがみ込んでいる橙輝の背中があった。


「橙輝……」


「おう、起きたか?」


橙輝はあたしを振り返って見つめると、
すぐに手元に視線を移した。


買い物袋の中から食材を冷蔵庫へと移している。


買い物、行ってきたんだ。


「橙輝、あのさ、その……」



ピーンポーン、と。


家のチャイムが鳴った。


顔を見合わせて橙輝が立ち上がり、
インターホンの画面を覗き込んだ。




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