野獣に恋するヘタレちゃん




とぼとぼと入って行った、書庫整理部。
入り口付近で資料に埋もれて作業をしている山田部長に挨拶をしてから奥へと足を進めた。


「あっ!その資料!借りて良いですか?!」


噂をすれば(←心の中だけで)木元さん!


「助かった~!これ、明日のプレゼンまでに読んでおきたかったの!」


ニコッと笑う顔が…うう、綺麗。


噂だと、「とっつきにくくて恐い人」って言われているけど、ここで会う限りそんな感じは無いし。寧ろ頼れるお姉さんて感じ。


私なんて…
貧相な身体だとか、貧相な身体だとか…貧相な身体だとか。


「…おい。」
「ぶっ!」


溜め息付きながら下を向いて歩いていたら山田部長の横を通り過ぎる手前で誰かにぶつかった


「遅えよ、お前。」


ひいい!鎌田さん?!


「すす、すみません…」
「鎌田くん、また迎えに来たの?過保護ですねー相変わらず。」


優しく笑う白髪の山田部長に鎌田さんがバツが悪そうに頭をかいてみせる。


「や、たまたまっすよ…。今日はこれから外で打ち合わせなんで。」


そ、そうか…打ち合わせ。もうそんな時間だったのか。
腕時計に目をやったら、出る時間まであと15分位。


…まだ余裕はあるのに、わざわざ様子を見に来てくれたんだ。


「あ、あの…鎌田さん。」
「あ?」
「い、いえ…ありがとうございます。」
「…別に。」


そっけなく向けられた背中。だけど少し嬉しくて密かに頬を緩ませた。


ゲンキンだな、私。
さっきまで卑屈だったのに。


「お前さ…」



資料室を出た所でいきなり振り向く鎌田さんに慌てて顔を元に戻して、笑顔を消す。
小首を傾げ気味に真剣に言葉を待っていると、またバツが悪そうに後頭部をかいた。


「その…木元さんと知り合いなの?」

「え?いえ…読みたい資料がたまたま重なっていたみたいで…。」

「ふ~ん…」


…やっぱりそこ、気にするんだ。
いいな、木元さん。鎌田さんに気にして貰えて。


何となく、木元さんに羨ましさを覚えながら、鎌田さんと共に廊下へ出た。



「ねっきー!」


途端、背中から陽気な男の人の声がする。振り返ると、同期の白井君が爽やかに手をふって近づいてくる。


「書庫整理部行ってたの?」

「うん。課内に溜まっていた資料を返しに。」

「もー言えよ!俺、一緒にやるからさ!同期だろ?」


白井くんの掌が私の頭をポンと撫でた次の瞬間、爽やかな笑顔が硬直して青ざめる。


「あ…や。お、俺、し、仕事…戻んないと。ま、またな、ねっきー。」

「え?う、うん…」


何だろう?と不思議に思いながら進行方向に振り向いたら…


「ひい!」

鎌田さんが鬼の形相に変化していた。

な、何か、若干『ヴ~ッ』って唸っているように見えるのは私の恐怖心からくるもの?


「お前…」

「す、す、すみません!!」


ちょ、ちょっと立ち止まっただけなのに…そんなに急いでたの?

鎌田さんの大きな掌が頭の上に近づいて来て身体を強ばらせたら、指先が触れる直前で止まる。


「資料返しに行くの、大変?」

「…え?いえ…大丈夫です。」

「じゃあ、これからは俺が一緒に行くから。」


会話が成立してる様に見えて、キャッチボールがおかしいです…鎌田さん。

それに、そんな雑用を鎌田さんにさせるなんて出来ません。

一課は、大きなイベントを手がけると言う特徴上、主で動く人に必ず補佐が付いて、事を進めると言うスタイルをとっている。
鎌田さん自ら資料を返しに行くなんて事になったら、他の女子社員になに言われるかわからない。
それでなくても、指名を受けるたびに『何であの子?』と囁かれてるのに。


「あ、あの…山田部長にもいつも、探すのも戻すのもテキパキしてるって褒められますし…。」

「絶対言えよ、お前が書庫整理部に行く時は。」


…これ以上言っても怒らせるだけかも。

あそこはオアシスだから、出来れば一人で行きたいんだけどな。

最近、特に指名が増えて、ずっと鎌田さんと一緒な事が多い。
今日、『空けとけ』と言われた理由だって、鎌田さんが懇意にしてるデザイン事務所の所長の佐々木さんとの食事兼ミーティングだし。


鎌田さんと一緒に居られる時間は、もちろん嬉しいけど…その分苦しくもあるから。

いつだって私だけが、鎌田さんの言動の一つ一つに翻弄されて、虚しさを覚える。

…だからね?
鎌田さんから離れる時間も必要だって思うのよ。



< 3 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop