野獣に恋するヘタレちゃん
そのまま臆する事無く近づいて来ると私の左側の男の人の手首を掴む。


「…離せ。」


男の人の顔が明らかに歪んで、私の手を解放した後少し身をたじろいで数歩退いた。


「お、おい…」
「お前も離せよ。」


今度は動揺する右側の男の人に詰め寄って私の手からその人の手を引きはがす。
そのまま私を自分の方に引っ張った。

周囲にはいつの間にか人垣が出来ていて、OLさんやサラリーマンがざわついている。


「い、行こうぜ。」


二人は気まずくなったのか人ごみに紛れてどこかへ逃げて行ってしまった。

助かった…の?私。


「…行くぞ。」

鎌田さんは私の手を握ったまま、無言のままネオンの道を抜けて大通りに出て歩道の端によける様にして立ち止まった。


「…大丈夫か?」


さっき男の人に対峙した時とは真逆の優しい声に、ぽろぽろと涙が勝手にこぼれ落ちて、身体が震える。

恐かった、凄く、凄く…。

鎌田さんに握られた手首は、あんなに『嬉しい』って熱を持ったのに、あの二人に捕らえられた瞬間、あり得ないくらい悪寒が走った。


「ふえっ…」


こんな人通りのある所で泣いたら鎌田さんに迷惑がかかってしまう。それはわかっているけど『ごめんなさい』と『ありがとう』は涙で遮られてどうしても出て来ない。

不意に鎌田さんの腕が私を覆った。


「…悪ぃ。恐い思いさせて。」


どうして鎌田さんが謝るの?
私が勝手に飛び出して、勝手にあんな所まで走って行って。鎌田さんはそんな私を追いかけてきてくれた。

『ごめんなさい』は私なのに。


「…やっぱダメだわ、俺。お前の事になると、どうも調子が出ねーんだよ。」


涙でぐちゃぐちゃな顔のまま鎌田さんの腕の中からきょとんと見上げる私に苦笑い。


「だからさ…そう言う顔すんから、変なのに絡まれんだろうが。」
「す、すみません。その…さっきのは…んんっ」


やっと言葉が出て来たら、今度はそれを唇で遮られた。


…ってちょっと待って?!
鎌田さんとキス?!


「うそっ!キスしてるあの二人!」


周りがざわざわしてます~鎌田さん…

ああ、意識が…

膝の力が抜けて倒れる私を慌てて支える鎌田さん。

「お、おい、大丈夫かよ!」
「は、はい…なんとか。」


「なんだ~人工呼吸か」
「あれ?でも人工呼吸って立ったままするんだっけ?」
「さあ、するんじゃない?」


ああ、よかった。見ていた人達が若干天然で。


大きく息を吐き出して体制を立て直すと、鎌田さんが私をまた抱き寄せた。


こ、今度は腰抱き?!


「好きだ。金木。」

「いや、あの…あの…ですね…。」


泣いたらキスされて、崩れ落ちたら腰抱きされて…告白。

ど、どうしよう…展開が早すぎて視界がグルグル回り始めた。

顔から蒸気が…
目が涙で埋まる…。


「金木?」
「は、はい!あの…」


意識を失いそうになってる場合じゃなかった。
例えこれがドッキリだったとしてもちゃんと想いを伝えるチャンスじゃない。

一度だけ大きく息を吐いて、目の前の鎌田さんの瞳を捉えた。

「私も、か、鎌田さんが好き…です。」
「………。」


あ、あれ?
反応が…無い?

至って真面目な顔のままだけど…やっぱりドッキリだったのかな。
何のひねりも無い普通の返しに逆に驚いたとか?


「あ、あの…。」
「…行くぞ。」
「え?どこ…」
「決まってんだろ。俺んち。」

か、鎌田さんのお宅?!


「む、無理です!」


よ、よく考えてよ!
少しキスされただけで倒れそうだったんだよ?


「ひい~!」と叫ぶ私を「他にどこに行くんだよ」とドヤ顔で引きずる鎌田さん。

玄関を閉めた途端にその腕にまた抱き寄せられた。


「あ、あの…これドッキリとか。」
「は?何、お前、俺にドッキリしかけたの?」
「だ、断じて!私は正直に言ったまでです!」
「俺だってそうだよ。
言っただろ?お前に関してはどうも調子狂うんだよ。んな器用にお前を驚かせたりとか無理。」


いや、先ほどから一生分の心肺稼働数を使っている位、驚いています。


「俺と付き合ってくれる?」
「はい…。」

あー良かったと呟きながら、ぐしゃぐしゃになった顔に触れてくれる唇が、柔らかい。



「大体、何で気が付かないんだよ、こんだけ俺がアピッてんのに。」


いや、気が付かないですよ…。
天下の鎌田樹が自分を好きとかまず考えないでしょ、絶対。


「お前は色々自覚が無さ過ぎなんだよ。白井とかさ…」
「白井くん…ですか?」
「何でもねえよ。とにかく俺にだいぶ好かれてるって事だけ自覚しとけ。」


また噛み付く様に塞がれた唇。今度は鎌田さんにしがみついてそれを懸命に受け入れた。


触れてくれる掌も
歪ませるその眉間の皺も
荒々しい吐息も
「美希」と呼んでくれるその声も

全部…嬉しい。

彼の愛情を身体全体で受け止めながら、ああ、私、本当にこの人が好きなんだと呆れる程に思った。


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