異邦人
土曜日当日となった。仕事が少し残っていたのもあって出勤した。いないとは分かってはいても、一瞬フロア全体を見渡してから席に着いた。これが終われば木原さんに会える。そう思うと次第に緊張感が高まり、頭の中は木原さんのことでいっぱいになって、それ以外何も考えられなくなってそわそわし始めた。「何やってんだろう俺。落ち着けよ」俺は目をつむり深く息を吸って吐くと頭の中を切り替えた。「よし」と気合を入れたと同時に「おっす」と行って内田君が出勤してきた。隣に腰掛けた彼は俺を見るとすぐに異変に気づいたのか「そんなにお洒落してどっか出かけるのか?」と聞いてきた。俺は動揺を抑えながら「はい。この後大学時代の友人と飲むので」と言うと「の、割には服がシックだな。まるでデートするみたい」と内田君が軽口を言ってきたので俺は妥当な返事が出来ず笑って誤魔化した。そう思われても無理もなかった。前日に木原さんからメッセージがあり、なるべく大人っぽい服を着てきてと頼まれたのだった。もともと決めていたプランをおじゃんにされたが再度考えたことで一番良いコーディネートが出来たのではないかと思えて逆に良かった。

約束の時間が近づいて来たので俺は急いで仕事を終えると東京駅に向かった。北口は円形状になっているため真ん中を避けるかたちで円の縁に沿って人が散在していた。俺もその内の一人で北口に着くとすぐ壁側に寄って木原さんを持った。
「どこですか?着きましたよ」と携帯でメッセージを送るとすぐ彼女から「私も着いた」と返信がきた。「え?どこに」と思って顔を上げると真ん中に立って上を見上げてる彼女の姿が目に入った。
俺は息を飲んだ。そこだけが光り輝いていてまさしく天使が舞い降りたかのようだった。
俺は彼女に恐る恐る近づくと「お疲れ様です。なんで真ん中にいるんですか?」と聞いた。すると彼女は「すぐ分かるかなと思って。」と即答した。
「確かにすぐ分かりましたけど・・・」
「なら良いじゃない。」
「なら良いって・・・」
先ほどから目立っているから俺はすぐこの場から離れたかったのだが彼女は気にすることもなく俺の全身を品定めするように見ると「なかなか格好良いじゃない」と意地悪そうな可愛い顔して言った。そして出口方面にくるっと向きを変えるとこちらを振り向いて「あ、格好いいって服がだよ!」と付け足した。
「わかってますよ」と呆れたように言うと彼女は笑って「じゃ、行きましょう」と言ったので俺は彼女の後に付いていった。
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