異邦人
「別に興味ないから」
そう言うと一瞬沈黙が起きた。だけど、橋本は気にすることなく「あの二人、暗闇の中でいちゃついてたりして」と言うと俺は思わず「え?」と応えた。
「だって木原さんも佐藤くんのこと好きそうだったじゃん」
「え?そうだった?」
「だって、さっきの喜んでた表情見なかった?」と言われてその表情を思い出した俺はまた煮えくり返るような苛立たしさが蘇った。
「ところでさー、増田くんは好きな人いないの?」
「え?俺?」
俺が橋本の方を見ると彼女と目が合った。俺は耐え切れずに目をそらすと「いないよ」と応えた。
「私はいるよ」
「え?そうなの誰?」
「教えない」
あっそう、と俺は言うと続けて「応援するよ」と言った。だけど橋本からの返事はなかった。

旅館にある温泉から上がると渡り廊下で温泉上がりの木原さんと鉢合わせになった。俺はこの時初めて彼女のすっぴんを見た。メイクをしてない木原さんは童顔で愛らしく、黒髪が逆に無垢な少女を表していた。
「あ、今上がったの?私も」と彼女が声をかけてきた。「木原さんって童顔っすね。高校生かと思いました」と言うと「何言ってるの」と彼女が笑った。
「ねぇ、ちょっと火照っちゃったからさ、夜風に当たらない?」と言って彼女は俺を庭園に誘った。
掠れてる雲の間から見える月が黄金の気高き光を放って彼女を照らした。そのほのかな光に照らされた彼女の横顔は妖しく、俺は無意識に彼女の横顔に見とれていた。
「増田くんって憧れる人っている?」
「え?」突然の問いに俺は素っ頓狂な声を上げた。
「自分にとって遠い存在だった時はただの憧れだったのに、段々その人に近づいていくと腹が立ってくるの。可笑しいよね」
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