異邦人
俺は黙って横で聞いていた。
「しかも、調子に乗って終いには愚かなことを考えちゃうの」
「愚かなことって?」
「その人よりも私の方が良いのにって」
「・・・・」
「そういう経験ない?」そう聞かれて俺は、肝試し決めの時の佐藤くんと木原さんのやり取りを思い出した。どうして、木原さんは小暮さんを立候補したんだろう。どうして、結局佐藤くんの誘いに乗ったんだろう。どうして木原さんは真っ先に俺を選んでくれなかったんだろう。木原さんはたまに俺に近づいてくるくせに急にふっと離れてしまう、本当に何考えてんだよと思った。
「あります。憧れてる人も、徐々にその人のことを無性に腹立たしく思ったことも」俺は木原さんと食事したことがあるし、俺の方が木原さんにちょっかい出される頻度が多い。佐藤くんより俺の方が木原さんに好意を持たれてると思ってる。けれど、彼女が近づいてくればくるほど、俺は惑わされ、狂わされ、自分でも愚かと思えるような今まで思ってもみなかった甘く切なる願望を抱くようになった。もしかしたら俺が木原さんの恋人になれるんじゃないかって。
「夜風が冷たくなってきたね。そろそろ戻ろうか」そう彼女が言って歩こうとしたけど俺は動かなかった。
「まだ、ここにいたいです」
「え?」
「木原さんとまだここにいたいです」
彼女はきょとんとした顔になるとすぐに「嫌だよ。寒いし、風邪引くじゃん」と俺の真剣さとは真逆にバカっぽい返事をした。
「嫌って。最初に誘ってきたの木原さんじゃないですか。まだここにいましょうよ」
「嫌よ、寒いし。風邪引くよ。中入ろ」
俺の、勇気を出して振り絞った一言が今ひとつ彼女に伝わってなかっと見えて俺は行こうとする彼女の手を慌てて握った。
彼女の手は想像以上に小さく柔らかかった。
「え?何?」
「まだ、いましょうよ。お願いですから」
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