異邦人
 俺は更に彼女の手を強く握った。俺の心臓は体から飛び出しそうなくらいバクバクと熱く速く鼓動していた。
「嫌だって・・・言ってるじゃない・・・」
彼女は弱々しい声で応えた。木原さんは手を振りほどくこともせず顔を下に向けて急に大人しくなった。
 「木原さん・・・俺・・・」
俺は大人しくなった彼女に触れようとした
その時だった。遠くから声が聞こえて彼女は握られた手を振り払った。声のする方に視線を向けると暗闇の中で一人近づいてくる人が見えた。「急に二人がいなくなったってみんな大騒ぎですよ!早く来てください!」と俺たちを探しに来た内田君が言ってきた。
「行こう」そう木原さんに言われて俺は、渋々この場を離れた。

旅館に着くと「どこほっつき歩いてたんだよ」と黒川係長に言われて「夜風に当たってました」と俺は応えた。「二人でかぁ~?怪しいなぁ、なんかやましいことでもしてたんじゃないのかぁ?」と言った黒川係長の冗談が意外にも図星であったため「違いますよ!」とムキに言ってしまったが「本当になんでもありません。ただ月を眺めてました」と木原さんが真顔で言うので黒川係長はそれ以上何も言わなくなった。
「今、カラオケ大会の真っ最中なんだからお前らも参加しろ」と黒川係長が言って部屋に戻ってしまったので俺たちも中に入った。

部屋に入るとマネージャーが演歌を歌って皆が盛り上がっている最中だった。俺は空いたスペースに腰掛けると隣にいた橋本に「何してたの?」と聞かれた。
「まぁ、ちょっと夜風に当たってた」と言うと「ふーん」とさして興味が無さそうな返事が返ってきた。
「木原さんと?」
「え?まぁ、誘われたから」
「へー・・・」
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