異邦人
「木原さんはどうですか?」
「私はそれなりに楽しいわよ。学生時代に比べたら今の方が断然楽しい」
「良いっすね、それ。俺は大学時代に戻りたいです」
「みんな言うわよね、学生時代が良かったって。私は、社会人になってからの方が自分でお金も稼げるし、好きなものも買えるから今の方が良いけど」
「あーそう言われたらそうっすね」
彼女はふふん、と言うと「でも、なんでも手に入るようになったけど、何か大切なものを失った気がする」と俺に聞こえるか聞こえないかのような小さな声で呟いた。
「なんかさ、私たちって年が8つも離れてるのよ。普通に考えたら職場が一緒でなければ関われなかったはずじゃない。それに特段仲が良かった訳ではなかったのにこうして二人で会って飲んでるなんて不思議よね」
「それは、木原さんが誘ってきたから」
「私が誘わなければこういうことって絶対起こらなかったよね?」
「まぁ、はい。そうですね」俺からこんな美人に声をかけるなんて絶対しないと思ったからそう応えると「そうするとさ、私の一言で増田くんと私の運命を大きく変えてしまったってことよね・・・」と言ってきた。
「すごいよね、そう思うと」そう言う彼女を黙って見つめていると「ところでさ、私のどこが好きなの?」と急に話題を変え、俺の方を見てきたので俺は不意にドキッとした。
「え、あ、えーと。明るいところとか、異性・同性関係なくみんなに好かれてるところとか、あとは・・・」
彼女が真剣な顔で俺を見てくるので俺も姿勢を正すと彼女の目を見て言った。
「一緒にいると楽しいから、です!」
彼女は静かに目を見開いて驚いた表情を浮かべた。すると彼女は、ハッと吹き出すように笑うと俺を嘲るような笑みで「私と一緒にいて楽しい?」と聞いてきた。
「明るい?みんなに好かれてるですって?」
彼女は勢いよくマティーニを飲み干すと今度はアレキサンダーを頼んだ。
「ちょっと大丈夫ですか。そんなの飲んだらソッコー潰れますよ」
「大丈夫よ。私、意外とお酒に強いの」と言って彼女は手を振ってあしらった。
「ところでさー増田くんは結婚しないの?」
「え?何を突然。したくても相手がいないっすよ」
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