異邦人
私は増田くんと出会ってあることを閃いたの。私たちの関係を小説にしようって。だから私が増田くんに近づいたのは増田くんを小説の主人公にして私の暴露を聞くための役を作りたかったの。利用してごめんね。でも、増田くんのお陰で私は益々執筆活動にのめり込んだ。仕事中も小説のことを考えるようになりミスが頻発した。そんな時小暮さんに励ましを受けたことがあった。『なんでそんなくだらないミスを連発するんだ。木原が頑張ってるのはみんな分かってるんだから。次に期待してるぞ』って言われて正直涙が出そうになった。私は一生懸命仕事を頑張ってると思われてるけど心の中では違うことを考えていた。仕事のことなんか何一つ考えてなくていつかこの仕事なんか辞めて小説家になりたいって思ってるのに、普段横暴な人があんな優しい言葉かけてくるんだもん、辛かったよね。あぁ、私、彼の、彼だけじゃない、みんなの期待を裏切ってるって思った。だけど止められなかった。私が執筆中にも私の憧れだった作家さんは自作を出版するまでに至ってしまった。すごく羨ましかった。その反面、悔しいと思った。あんな小説より私の方が良いのが書けるのにと思うようになったから。
そしてやっと完成した作品は新人賞を獲得して見事作家デビューを果たすことが出来た。これでやっとあの職場から、あの社会から解放されると思った。私はずっと辛かった、みんなの場でおちゃらけた女を演じるのも、みんなの中心になるのも。私はみんなの中心にいて誰よりも輝いていたけど、心の中では自分を異邦人のようだと思っていた。
最後になるけど、この手紙を読み終える頃には私は遠く旅立って二度と増田くんには会えない場所にいると思うけど、この手紙の内容を絶対他の誰にも言わないでね。まぁ、増田くんのことだから誰にも言わないと思うけど。あと、もう一つ私のことは忘れてください。木原 茉莉花より」それで彼女からの手紙は終わっていた。

俺は、同じ職場の、あの8つ年上の、木原さんのことが好きだった。
サラサラで艶のある長い黒髪、自然に整った眉、切れ長の目、すっとした高い鼻筋、潤いのある紅色の唇、陶器のような透き通った白い肌に、ほんのりと紅潮した頬、美術館で展示される写実絵画のような典型的な美人顔であった。しかし、人形のような感情を持たない美しい見た目とは違い、中身は相当な変わり者であった。
彼女は、時々俺をからかっては、困らせて楽しむ小悪魔だった。しかし、彼女の微笑みは、無意識に目が釘付けになるほどの白き輝きを放った天使のように、美しかった。
月のように白く美しく輝いていた彼女の全てを知った俺はどうして良いか分からず思考が停止したままだった。大人しいままでは彼女は生きていけないと言った。それでも、俺はどんな木原さんであっても同じように好きになったと思う。木原さん・・・もう俺の想いは彼女に届かないけどせめて俺とは違う道へ進む彼女のこれからを応援しようと思った。
                完

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