ツンデレ黒王子のわんこ姫
就業時間を終えようとした頃、健琉の部署の外線電話が鳴った。

それは、健琉が担当するキッズ専門店"kiddy"の松田夏樹からだ。

『黒田くん、ごめんねぇ。お宅から仕入れているベビーカーの在庫が足りなくなってさー。"どうしても今日中に手に入れて娘に持っていきたい"っていうお客さんがいてね。郵送しますって言ったんだけど、すぐに欲しいっておっしゃってー』

電話口で、夏樹がおネエ言葉で捲し立てるのを聞きながら、健琉は在庫管理表を確認した。

「それなら、いくつか在庫が残ってます」

『良かったー。お客さんがね、"在庫が届くまでの間、買い物して待ってます"っておっしゃってるから、申し訳ないんだけど、今から持ってきてくれないかな？」

健琉は、隣のデスクで心配そうに電話のやり取りを見守っている芽以にチラッと目をやり、時計を確認した。

現在18時。新入社員歓迎会は18時半開始。

今からkiddyに行って戻ってくると、歓迎会の会場に着くのは早くても19時半を過ぎるだろう。

だからといって、取引先との関係を疎かにするわけにはいかない。

「白木さん、俺はこれからkiddyに商品を届けることになった。歓迎会会場には中野さんと先に行っててくれ」

「kiddyには私は行かなくても良いのですか」

芽以を短時間とはいえ、一人にするのは気がかりだったが、社会人としては取引先を優先するのが当然だ。

「商品を届けるだけだからそんなに時間はかからないと思う。お前、どの程度飲めるかわからないから、酒を勧められてもそんなに飲むなよ」

健琉は椅子に腰かけたままの芽以の頭をグリグリと撫でると、ジャケットと鞄を手に取り、商品管理倉庫へと向かった。
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