希美ちゃんの初恋
次の日学校に行くと、早速卓也が話しかけてきた。
「あのさ、今日放課後暇?」
ニコニコと笑っている。
もし今ここで、
『実は貴方の事が好きなんです』
と言ったら、卓也はどんな顔をするんだろう。
きっと驚いた顔をした後謝ってくるんだろうなぁ。
そして申し訳なさそうに、振られるんだ。
「......うん...暇だよ......」
私がそう言うと、卓也は不思議そうに顔を覗き込んできた。
「元気無いな。具合でも悪いのか?」
私は、
『あんたのせいだよ!』
とツッコミを入れたくなった。
本当に、なんでこんな奴の事好きになったんだろ。
「なになに? どうしたの?」
登校してきた心咲が、首を突っ込んでくる。
この子が、私の好きな人が好きな人か......
「な、なんでもねーよ! な、希美!」
慌てたように卓也が同意を求めてきた。
私は、少し意地悪してやろうと心咲に話しかけた。
「卓也がなんか、言いたい事があるんだって」
そう言いながら卓也を見ると、金魚のように口をパクパクしている。
変な顔だ。
「なに? 二人だけの秘密? 仲いいね~」
卓也の気持ちを知らない心咲が、ニヤニヤと笑いかけてくる。
その笑顔を見ていると、自分がたまらなく惨めな立場に立っている事を実感する。
恋愛の矢印が、全部違う方向を向いてる......
「違うから! 希美と秘密なんか無いから!」
卓也が慌てて心咲に弁解しているが、その台詞は私の心を傷つけた。
「そ、そうなの?」
卓也が予想以上に否定したせいだろう。
心咲は驚いたように私を見てきた。
慌てて誤魔化そうとしたが、教室のドアがガラリと開いた。
「ほらー席についてー」
先生は教壇に立つと、出席を取り始めた。
私は今日、授業を上の空で受けてしまっていた。
気づいたらもう放課後だ。先生からは、
『もっと授業に集中してくださいね』
と起こられる始末だ。
卓也があんなこと言うから......ほんとさいあく......
「希美! 聞いてる?」
突然、後ろから声がした。
慌てて振り返ると、呆れたような表情の卓也が立っていた。
「......なに?」
私は卓也を見た。
すると、こちらに詰め寄ってくる。
「だから、今から行くんだよ!」
「だから何が!」
私は全く意味が分からず、ついきつい口調になってしまった。
ビビったのか、卓也は少し後ろに下がった。
「......今日暇だから、買い物に付き合ってくれるって言ったじゃん」
私は、そんな事を言った覚えは無かった。
大きくため息をつく。
「......分かったよ。なら行こう」
そう言うと、卓也の顔が嬉しそうにニコッと笑う。
私はその表情を見ると、心がチクッと痛んだ。
理由は解っている。
なんで卓也が私を買い物に誘っているのかも。
だって、明日は心咲の誕生日だから。単純な卓也の事だ。
プレゼントを渡した後、告白するつもりなんだろう......。
「早く行こーぜ!」
卓也は私の背中を叩くと、走り出した。
私と卓也は学校帰り、雑貨屋さんに来ていた。
「あのさ、心咲って何が好きなんだろう?」
卓也は真剣な表情で私に尋ねてきた。
やっぱり予想通り、心咲の誕生日プレゼントを買いたいと言ってきた。
「そうだね、これなんかでいいんじゃない?」
私は適当に、ぬいぐるみを抱き上げた。
「......本当か?」
卓也は、疑いの眼差しで、私を見てくる。
「......信用してないの?」
私はそう言うと、わざとらしく顔を背けた。
すると、視線の先に心咲の好きそうな髪どめが目に入った。
「これなんか、いいんじゃない?」
私は卓也に視線を戻すと、髪どめを指差した。
「......わかった! それにする!」
そう言うと髪どめを掴み、レジのほうへ走っていった。
結局、卓也は髪どめを買った。
私たちは二人、帰り道を歩いていた。
「......あのさ、俺明日心咲に告白するよ」
卓也は決心したように、拳を握る。
「そっか」
私は、それしか言わなかった。
いや、正確には言えなかった。
好きな人が、他人に告白するのを応援なんてできないよ......
「俺、頑張るから」
卓也は真剣な表情で私を見つめてきた。
「......うん」
私は泣きそうになるのを必死で堪え、鼻をすする。
「じゃあ俺、こっちだから」
卓也はそう言うと、歩いて行った。
しかし、突然立ち止まり、こちらに向かって走ってきた。
「......今日一緒に買い物してくれたお礼だ」
卓也はそう言うと、恥ずかしそうにミサンガを手渡してきた。
「......ありがと」
私は、涙を堪えながら、卓也の顔を見た。
照れたように笑うその笑顔は、完全に私に向けられた笑顔だった。
「じゃあ、もう帰るから!」
急いで帰ろうとした卓也の袖を、私は慌てて掴む。
「......なに?」
不思議そうな顔をする卓也。
私はこの時、自分の気持ちを伝えるつもりだった。
でも、その勇気が私にはちょっとだけ足らなかった。
「......なんでもない。明日頑張ってね」
私はそれだけを言い、掴んでいた袖を離す。
「う、うん。ありがとう」
卓也は何回か私を振り返りながらも帰っていった。
私は、見えなくなるまで見送った後、ミサンガを右手につけた。
確か、切れたら願い事が叶うんだよね。
一人になった私は、ミサンガを見ながら考える。
確かに卓也は私の事を恋愛対象としては見てくれていない。
でも、幼馴染みとしては、大切に思ってくれている。
愛の形が違うだけ。
それでいいんじゃないの?
でも。それでも私は卓也と付き合って、デートして、一番の笑顔が見たかったな。
私は一筋だけ涙を流してしまった。
私の初恋だった。