甘い運命
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「……では、その方向でお願いします。」
「かしこまりました。来週中には、サンプルとともにお持ちできると思いますので。」
私は、資料をトントンと揃えながら、精一杯にこやかに答えた。
──ああ、やっと終わった。早く帰りたい…
内心の呟きを、必死に抑える。
「……いつも打ち合わせは、夕方か夜を指定されますね。」
不意に投げかけられた言葉に、驚いて相手を見る。
机に両肘をついて、組んだ手の甲に顎を乗せている。
イケメンだ。
間違いなく、イケメンだ。
取引先の担当者、三上さん。
年の頃は、私の少し上、32歳だっただろうか。
切れ長の目に、すっと通った鼻筋。薄めの唇。
サラサラの黒髪は、軽くサイドに流されて。
シルバーフレームの眼鏡さえ、イケメンアイテムに見えてしまう。
直視すると、目が潰されそうだ。ダメダメ。
私は微妙に、視線を逸らせた。
おっとっと、もうひとつ苦手なものがそこに。
挙動不審だなぁと自分でも思いつつ、視線を手元へ。
「たまたまです。」
「ひょっとして、終わってから僕と食事でも、とか思ってます?」
被せるように言われて、きょとんとして相手を見る。
何言ってるの?この人?
しばらく考える。えーと、つまり、それは。
───理解して、ブワッと赤面した。
……と思う。顔が熱い。
私が否定する前に、相手が言いつのる。
吐き捨てるように。
「時々いるんですよね、
公私混同して、誘って欲しい雰囲気出してくる人。」
おお、モテ自慢ですか!
しかし、カチンとくる。
失礼なこと言われたし、言い返してもいいよね?
「お言葉ですが、そんなこと考えたこともありません。
三上さんは取引先の方ですし、おモテになるでしょう。
私そんなに自信のあるタイプではないので。
三上さんの周りにいらっしゃる『美しい』女性達を敵に回すとか、おそれ多くてできません!」
きっぱり言ってやった。
ワタシ語に変換すると、
『チョーシこいてんじゃねーぞ、顔だけ男!
お前には顔だけ女がピッタリだ!』
ってとこかな。
私には、この時間であることに、もっと切実な理由がある。
でも、教えてやるもんか!!と思ったところで、さらに三上さんが言い募る。
「じゃ、何で?他の会社の人も、おたくの会社の別の人も、ほとんど午前中か午後イチに打ち合わせ入れるよ?
夕方入れてくる人は大抵下心付きなんだけど。」
カッチン!
頭にきた私は、早速答えをぶちまける。
「ここが全面ガラス張りの15階だからですッ!!」
「──は?」
「だからッ、私高所恐怖症で!3階以上は怖いんです!!
外が見える15階なんて、無人の廃墟レベル!!
足がすくんで、動けなくなるんです!
夕方か夜だとカーテンが閉まってるか、夜景で高さがわからないから、なんとか来れるんですよ!」
……目の前の人が爆笑している………
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