甘い運命
1-56
何か思い付いたらしく、ホクホクしている修一さんは、明日会社だからとさっさと帰ってしまった。
私も病み上がりだし、ゆっくりできたけど、何だか腑に落ちない感じがしたまま、週が開けた。
月曜日からの出勤は問題なかったが、泣きすぎの顔は隠せず。
山崎くんに何事かと聞かれたけど、週末風邪でダウンしていたと言ったら、何とか納得してくれた。
そして、水曜日。引き継ぎの日だ。
夕方、修一さんの会社に着くと、いつもの会議室ではなく、ロビーのソファに案内された。
ぼちぼち定時になる時間なので、人通りが多い。
担当が外れたことを周知するには、絶好の場所だ。
出来たらロビーで引き継ぎの紹介をしたかった私は、この偶然に感謝した。
「─三上さん、こちら新しく担当させていただきます、山崎です。どうぞよろしくお願いします。」
「山崎です。橋本には及ばないところが多々あると思いますが、全力で頑張りますので、よろしくお願いします!」
名刺を渡しながら、元気よく山崎くんが挨拶する。
お陰で注目の的だ。
私は内心、ほっとする。
これで、変な動きは収まるだろう。
「三上です。橋本さんから、有能な後輩だと伺ってます。
こちらこそ、よろしくお願いします。」
クールな表情に、少しだけ笑みを浮かべて、三上さんが挨拶を返した。
そして、おもむろに私の方を向く。
「じゃ、これで、橋本さんはうちの担当を外れたんですね?」
「はい、今からこちらの山崎にご用命下さい。」
「わかりました。──時に山崎さん。今、何時ですか?」
突然の質問に、山崎くんが目をぱちくりさせる。
慌てて腕時計を見て、17時36分ですね、と答えた。
私もきょとんとして修一さんを見ていた。
どうしたんだ?修一さん?
「じゃ、今は定時後ですね、お互いに。」
そう言うと、修一さんは、極上の笑みを浮かべて、私の側でポケットから何かを出しながらひざまづいた。
そして、ロビー中に聞こえるような、大きくはないけどはっきりした声で、告げた。
「都、もう担当じゃないから言っていいよね。
俺と結婚して。」
修一さんの手の中には、黒いベルベットの小さな箱。
開けられた中には、大きなダイヤの側に、小さなダイヤが散りばめられている指輪が鎮座していた。
修一さんは、呆気に取られて固まっている私の左手を取り、薬指に指輪を通した。
そしてそのまま手を口元に持っていき、薬指の指輪にキスをした。