今夜、シンデレラを奪いに
プロローグ
今から少しだけ昔のこと。小さな男の子がお母さんに絵本を読んでもらっていました。


「…………二人はお城でいつまでも仲良く幸せに暮らしました。おしまい」


男の子はそれはそれは愛らしい目鼻立ちで、宝石のような瞳が美しく輝いています。


出会った人はみな男の子のことを「可愛いね」と言い、男の子はそう言われるたびに「またか」とうんざりしていました。


でも「ありがとうございます」とにっこり笑うようにしています。それがお母さんとの約束だからです。


「ねえ、木や皮の靴はなかったの?ガラスの靴をはいたら危ないよ」


「え…?うーん、皮の靴は伸びるから誰でも履けちゃいそうだし、木もちょっとね。こういうのは雰囲気が大事だから。

魔法だから多分ガラスの靴でも危なくないのよ。」


「えー」


男の子は口をへの字にして絵本のページを捲りました。


「なんで魔法にかかってないと王子さまには会えないの?

ぼろぼろの服が嫌なら小日向さんに買ってきてもらえば?」


「シンデレラのおうちに小日向さんは居ないのよ。

女の子はね、好きな人の前では綺麗な姿でいたいものなの。」


「ふーん」


男の子は利発そうな目をぱちぱちさせながら考えこんでいます。これは質問が終わらなくなる合図です。お母さんは少しだけ身構えました。


「シンデレラがもし魔法使いに会えなかったらどうなるの?ずっといじめられて泣いているの?」


「ええと……会えたから物語になってるわけで」


「じゃあ、シンデレラが綺麗じゃなかったら?

とびきり綺麗なお姫様だから王子さまはシンデレラを好きになったんでしょ。

綺麗じゃなくて、ぶとうかいに行っても王子さまがシンデレラを好きにならなかったら、またいじめられるの?」


「ずいぶん夢のないことばかり考えてるのね…………」


「ねえ、ぼくが可愛いからみんな優しくしてくれるの?

ぼくが可愛くなくなったらみんなぼくを嫌いになる?」


「なつゆきったら……違うわ。

お顔を好きになってくれる人もいるし、なつゆき自身を好きになってくれる人もいるの。

あなたは可愛いけど、可愛くなくても大事にしてくれる人はいるのよ。お母さんもお父さんも、小日向さんもそうよ。」


「うーん」


男の子は納得いってないのか、まだ考えこんでいます。



「みんなお母さんのこと綺麗とか可愛いって言うよ」


「そうなの?ありがとう嬉しいわ」


「みんなに可愛いって言われるお母さんに、可愛くない場合のことわかるの?」


「……。

その言い方は生意気すぎるわ、なつゆき」


「えー」



男の子の疑問は解消されないまま、それから20年が経ちました。
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